164 side:アリア 死

 私はアリアと申します。


 両親のことは覚えておりません。

 私の物心がつく前に、お父様とお母様は私を教会へ預けたと聞いています。

 私などには想像もできませんが、きっとそうするだけの理由があったのでしょう。

 もしかすると、神様のお導きだったのかもしれません。

 スプンタ様の近くに私を置いて頂いた両親には、感謝してもしきれません。


 目の見えない私ですが、教会の方々にはとても親切にしていだだきました。

 皆が相手の立場を考え思いやる、とても優しい世界でした。

 それは神様であるスプンタ様の教えと知った時、私は感動し胸が暖かくなりました。


 私が優しくされた分、私もまた優しくしたい。

 スプンタ様の素晴らしい教えを、皆さんにもっと知ってほしい。


 目が見えない私には、日常で出来ることは限られています。

 ですからその分、スプンタ様へ祈りを捧げるようになりました。


 お恥ずかしいことに、いつからか私は聖なる乙女サンタ・アリアと呼ばれるようになりました。

 スプンタ様への想いを認められて嬉しい反面、少し怖くもなりました。

 過ちを犯すことが恐ろしかったのです。

 聖なる乙女サンタ・アリアの過ちは、スプンタ様にもご迷惑がかかるでしょうから。


 私は聖なる乙女サンタ・アリアとして、あるべき姿を目指しました。

 私の身も心も、全てスプンタ様へ捧げました。

 私の欲求を殺し、人々の望みを叶えました。

 私の時間を犠牲にし、人々に幸せを与えました。


 それで嬉しかったのです。

 それが嬉しかったのです。

 皆さんが喜んでくれる優しい世界を、一番望んでいたのは私なのですから。


 ある時、アフラシア大陸に向かう最中、私は賊の方々に襲われました。

 とても、あぁ、とても辛かったです。

 人を殺めなければならないほど、衣食に困っている方がいるという事実が、とても悲しかったです。

 反撃すれば彼らを傷つけてしまう。

 それを看過できなかった私は、喜んで彼らに従いました。


 ですが、彼らは興奮していたのか、私の胸に剣を突き立てたのです。


 仕方ありません。

 彼らは悪くはないのです。

 彼らを救うことができなかった私が、未熟だったのですから。


 腕を斬り落とされました。


 仕方ありません。

 私は神に仕える身。

 私自身が、望みを持つことなど許されません。


 足を斬り落とされ、地面に横たわりました。


 私の血で、ジューダスから借りた馬車を汚してしまいました。

 あぁ、ジューダス、申し訳ありません。

 ですが、この高価な馬車が彼らを貧困から救うのです。

 どうか、どうか笑って許していただけないでしょうか。


「死ね、聖女よ」


 私の喉元に、彼らが剣を突きつけました。




 あぁ、私は死ぬのでしょうか。

 死んだら天国へいけるのでしょうか。


 天国も優しい世界だったらいいのに。

 現世の皆も、幸せに暮らせたらいいのに。

 スプンタ様、どうか彼らを、迷える子羊をお許しください。

 彼らはそうするしかなかったのです。どうかお許しを。




 仰向けに倒れながら最期の祈りを捧げている最中、私は自分の耳が濡れていることに気付きました。


 頭は斬られていませんが、これは血でしょうか?

 誰かの返り血でしょうか?

 あぁ、大変です。どなたか、傷ついていらっしゃるのでしょうか。


 急ぎヴァラハを呼ぼうとしましたが、なぜか魔法が使用できません。



 なんで? なんで? なんで?



 頭の中で、自問を繰り返します。



 なんで? なんで? なんで?



 なぜヴァラハが来てくれないのでしょうか。

 いつも私の隣で目となってくれていたのに、今回は助けてくれません。



 なんで? なんで? なんで?



 いいえ、そんなことはどうでも良かったのです。

 私はそんなことを自問してはいなかったのです。



 なんで? なんで? なんで?


 

 濡れているのは、私の涙のせいでした。

 私の目から、大量の涙が溢れていたのです。



 なんで? なんで? なんで?



 私は、生まれてきてこの方、何をしてきたのでしょうか。

 スプンタ様にこの身を捧げ、私自身には何が残ったのでしょうか。



 なんで? なんでなの?



 私は死ぬのでしょうか。

 何もしていないのに死ぬのでしょうか。



 なんで、なんでなんでなんで!



 私は生まれてから、自分のしたいことをしていないのに!

 


 なんで! なんでなのよ!

 もっと遊びたい! 走りたい! 恋をしてみたい! 綺麗な景色を見てみたい!

 私はもっと、生きていたいのに!

 私はもっと、正直に生きていたいんだ!


 嫌だ! 死にたくない!

 死にたくないよ!

 誰か! 誰かお願い!

 誰か私を助けてよ!

 いっぱい、いっぱい、色んな人を助けてきたのよ!?

 だったら、今度は誰か私を助けてよ!


 スプンタ様! 助けてよ!

 いっぱい、いっぱい祈りを捧げてきたじゃない!

 助けてよ! 私の全ては、あなたに捧げたじゃない!

 責任とって、助けてよ!


 ママ! パパ! 助けてよ!

 なんで隣にいてくれないのよ!

 ひどいよ! ひどいよパパ! ひどいよママ!

 私の何が悪かったのよ! 

 謝るから! 悪いとこがあったのなら謝るから!

 直すから! パパとママの理想のアリアになるから!

 だから一緒にいてよ! 助けてよぉぉぉぉ!!





 それが、私の最期の記憶。


 正確には、一度目の人生の最期の記憶。

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