161 天敵

「我の攻撃を受け止めるとは……」


 驚愕している魔王に、アンリは得意気に語る。


「あはは、あんたの弱点、というより強さの秘密かな? それが分かれば、やりようはあるさ」


 カスパールの魔法攻撃も、ベアトリクスの物理攻撃も全く通じなかった魔王の防御能力。

 物理攻撃を対象とした障壁が、全く意味を成さなかった攻撃能力。


 しかし今、聖女アリアに貼られた障壁は、魔王の攻撃を確かに防御している。


 先の戦いをアンリと見ていた聖女は、そのことを不思議に思う。


「いや、あんたの強さには種も仕掛けもない。単純に身体能力が高いってだけ。全く、脳筋にもほどがあるよね」


 これに聖女アリアは驚愕した。

 人類の英知である魔法は、炎や氷を生み出したりと便利な反面、歴史上で幾人もの命を奪ってきた危険な物だ。

 特にカスパールなどSランク冒険者の魔法ともなれば、並大抵の威力ではない。


 それを、魔王ジャイターンは体の強さだけで耐えていたのだとアンリは言う。

 その規格外とも言える魔王の強さを、アリアは改めて認識することになった。


 そして、一つ疑問が生じる。

 魔王の体は強靭で、高度な魔法であっても傷一つつかないものだ。

 しかしアンリが使用した障壁魔法は、今まさに魔王の攻撃を防いでいる。

 魔王も同じ思考だったのだろう。

 何度か障壁魔法を軽く叩くと、アンリに言及する。


「これは? 先ほどまでの家畜の術と同じようだが……なぜここまで強度が高い」


 それにアンリは軽く笑う。


「あはは、あんたが完全な物理攻撃特化タイプだったら、こっちは単純に魔法の出力を高めればいいだけさ。”憤怒”ではそれができる。運が悪かったね。僕こそが、あんたにとっての天敵だ」


 ”天敵”という単語に、魔王ジャイターンは眉を顰める。


「ただ、そうなるとどうやってこの世界に来れたのか……第三者によるものか、魔法特化タイプが部下にいたか。でも魔法を使ってる魔族を見たことがないんだよなぁ」


 アンリは独り言を呟く中、魔王は雄たけびを上げながら拳を振りぬく。

 それは、この世界で初めて本気を出した、魔王の全身全霊の突きだった。


「あはは、凄い凄い。本当に強いね」


 魔王の突きは、アンリの魔法障壁を打ち破った。

 障壁を打ち破ること自体が目的だったため、聖女アリアは無傷だ。


「くっくっく、その言葉、貴様にも送ってやろう。光栄と思え。本気の我と戦うことを許可する」


 走り出した魔王に対し、アンリは魔法障壁を展開しながらも距離をとる。


『<炎神のプロメテウス・悟りエピファニー>』


 一定の間合いを取れると、攻撃魔法を詠唱した。

 ”憤怒”の能力も活用し、現れたのは10本の黒い炎剣だ。

 炎剣がアンリの意思のままに、魔王を襲う。


「くく、面白い! 面白いぞ小僧!」


 炎剣は、魔王に致命傷を与えうる出力を持っている。

 そのことが分かっている魔王は、避け、時に爪で迎撃する。

 いくら魔王が速くとも、10本の炎剣を完璧に捌くのは不可能だった。

 魔王は体の至る所に傷をつけ、青い血を流している。


「しぶといなぁ。しつこい男は嫌われるよ?」


 アンリにしても、ノーダメージとはいかない。

 炎剣を掻い潜り繰り出された魔王の攻撃は、魔法障壁を壊しアンリの体を粉砕する。

 とはいえ魔法により傷は癒えているので、長期戦となれば倒れるのは魔王だろう。


「もっとだ! もっと我を楽しませてみよ!」


 しかし、魔王の力は見る見るうちに増幅し、動きも速くなっていく。

 本気を出すのが久々のため、ギアを入れ替えるのに時間がかかっていたのだろう。

 次第に、アンリの炎剣が傷を付ける頻度は減っていき、しばらくすれば掠りもしなくなっていた。


 目にも止まらぬ二人の攻防を見ている聖女アリアは、戦いの次元が違い過ぎることを知り、援護を諦めていた。

 キツネ姿のヴァラハは、天上の戦いに怯えアリアの服の中に隠れている。


 段々と魔王が優位になっていると思われる戦いに、アリアは心配する。

 だが、アンリとしてはこの戦いは自身の仮説立証のためであり、優位などどうでもいいものだった。


 自分の考えが間違っていなかったと確信を持ったアンリは、戦いを止め魔法で作った椅子に座り頬杖をつく。


 急に戦いが止まったことに、魔王は苛つき大声を上げた。


「どうした! 諦めるな小僧! もっと我を楽しませてみよ!」


 対するアンリはどこ吹く風だ。


「あはは、やっぱり。あんたは脳筋スタイルを極めてる。遠距離攻撃手段を持っていなければ、素手で殴る蹴る以外は本当にお粗末だ」


 どことなく馬鹿にされたと感じた魔王は、怒りからその筋肉を更に隆起させる。


「さっき僕は、僕こそがあんたの天敵だと言ったよね? あはは、更に相性最悪の天敵を教えてあげるよ」


 アンリは手を頭上に掲げ、笑顔を浮かべた。


「さぁ、ダハーグ、絶望を見せてやれ。魔族の希望も夢も、魂ごと全て食らい尽くせ」


 命令に反応し、アンリの頭に不可視の魔法を解いた赤いスライムが現れる。


「承知した主よ。不味そうな食事だが、主の言うことには従おう」


 魔王ジャイターンの攻撃は、直接の物理攻撃しかない。

 ならば、物理攻撃に完全とも言える耐性を持ったスライムのダハーグなら、ダメージを受けることは皆無だとアンリは考えた。


 赤いスライムが蠢く姿を見て、魔王ジャイターンは顔つきを真剣なものに変える。

 その緊迫感から、自身の考察が当たっていたと知りアンリはほくそ笑んだ。


 距離をゆっくりとつめるダハーグに、魔王ジャイターンは構えを変える。

 先ほどまでは人間と同じく、二足歩行であった魔王だが、両手を地面につき四足となった。

 その姿は、巨大な獣そのものであり、魔王が更に本気を出したのだとアンリは感じた。


「あ、あの、アンリ様……見えます!」


 聖女アリアが声を上げるが、アンリは凄みを出した魔王から目を離せない。


 四足となった魔王の体は、筋肉を固めているのか、更に凝縮され小さくなっていく。

 そして──


「魔王から”降参する”、”助けてくれ”と、心の叫びが見えます……」


 ──魔王の額は地面にぴったりとついていた。


 いきなり土下座を始めた魔王に、アンリはこの日一番の戸惑いを覚えたのであった。

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