160 弱点

「くく、くはははは! この角が弱点か! そうであれば良かったな!」


 無言となったアンリを見て、魔王ジャイターンは大声で笑っていた。


「いや、貴様がそのような望みを持ってしまったのも、仕方ないかもしれぬな。咄嗟の時に角を隠すのは、我ら魔族の癖のようなものだ」


「癖……?」


「この角は我ら魔族の誇りよ。勿論、強靭な肉体も群青の肌も誇りではあるが、その中でも角は別格だ。力を込めれば一番の強度を誇る部位になるが、傷が付くことは極端に嫌われる。万が一にでも折れてしまえば一族の恥。ならばこそ、未知の攻撃が来たときはつい優先して守ってしまうものだ」


 人間は急に強い光があたったり、物が眼前に迫ってくると目を閉じてしまう。

 それと同じように、魔族は危機を感じると角を防御するという。

 つまり、反射の一種である。


 角そのものは弱点ではなかったが、明らかに弱点の一つを簡単に告げたことに、アンリは怪訝な顔を向ける。

 それに気づいたのか、魔王ジャイターンはほくそ笑みながら説明する。


「くく、なに、ハンデというものよ。我は少しでも戦いをしたいのだ。か弱い生き物は頭を使い、せいぜい我を楽しませてみよ」


 明らかに人を舐め腐った態度に、アンリは呆れて声を上げる。


「あはは、凄い自信だね。さっきの二人との戦いで角を防御しちゃったの覚えてる? あの二人に危険を感じたってことでしょ? 僕が彼女達の何倍強いのか分かってる?」


 魔王は親指と人差し指で、1ミリほどの間隔を作る。


「分からぬな。我は貴様ら人間のように弱い生き物を測ることはできぬのだ。勿論、先の二人よりも貴様ははるかに上なのであろう。しかし、我のバロメーターでは測ることはできぬ」


 魔王の挑発を受け、アンリは魔法の原典アヴェスターグを捲り魔法を唱える。


 酒場で魔族を相手にした時は、メルキオールによる補助があったため連発できた超高度魔法だが、現在メルキオールの本体は魔族軍と戦闘を行っているためそうはいかない。

 魔法を成立するための構築が複雑すぎて、一人では限界があるのだ。

 それでも単発でなら魔法の行使は可能だ。

 アンリの高威力の魔法が魔王を襲う。


『<超加重魔法潰れろ>』


 通常の加重魔法は、対象にかかる重力を増加させるものだ。

 超加重魔法はそれを何十倍にも強化したのに加え、アンリの膨大な魔力で強引に対象を潰しにかかる。


「くく、成程。肉体に負荷を感じるとは驚きだ。確かに貴様は先の二人よりは格段に楽しめそうだな」


 しかし、魔王ジャイターンを倒すには至らなかった。

 足元の地面を見れば、何重にもひびがはいっている。

 魔法そのものを打ち消されたわけではないようだ。


「そら、少し動きが重くなったかもしれぬが──」


 魔王がカスパール達と戦った時は、ほとんど力を出してはいなかった。

 そして今、本気で魔王は大地を蹴る。

 先ほどまでとは何ら遜色ない、むしろ速くなった魔王の動きを捉えることは困難だ。


 気付いた時には、アンリの右腕は魔王の口の中だった。


「くっくっく、なんたる美味。家畜の中でも貴様は格別だ。そして貴様も希少種か。これ以上ない幸運だ」


 復活したアンリの腕を見て、魔王の心は踊る。

 食べられた側のアンリは、特に気に留めず魔法の原典アヴェスターグに目を落とす。


「あはは、体を食べられるのはこれで何回だろ……僕の体、そんなに美味しいのかな」


 そして、変わらぬトーンの声で魔法を呟いた。


『<ザラシュトラ家ザラシュトラ・の火葬クリメイション>』


 瞬間、魔王の口から業火が吐き出された。

 それは魔王の能力ではなく、アンリの魔法による効果だ。

 魔王が食べたアンリの右腕を中心に炸裂した炎は、魔王を体内から攻撃した。


「ごふっ! くっく、えらく刺激的な味だな」


 体の内部を焼かれた魔王だが、軽口を叩いている。

 虚勢か余裕かを判断しかねたアンリは、聖女アリアに目配せする。

 自身の役割を思い出したアリアは、慌てて魔王を秘蹟ひせきの魔眼で見つめた。


「えっと……”嬉しい”、”楽しい”と視えます」


 ダメージを与えた思っていたが、魔王の心情を知ったアンリは顔をしかめる。


(ドMかよ……最近まともな人間……いや、生物に会ってない気がするな)


 アンリがげんなりしている中、魔王は笑いながら声を上げる。


「やはり貴様は強い! 我の敵に成りえるかもしれぬ。くっく、久方ぶりに血がたぎってきたわ。さて、次はそっちの雌が血を流す番か」


 魔王ジャイターンは次の標的を聖女アリアに定めた。

 圧倒的強者に視線で射抜かれたアリアは、それだけで膝をついてしまう。


「貴様も希少種であることを祈るぞ!」


 魔王が聖女に襲い掛かる。


「ひっ!? 神よっ!」


 自らの終わりを悟った聖女は、肩に乗ったヴァラハを抱き目をつぶる。


「…………?」


 しかし、いくら待っても魔王の攻撃が来ることは無かった。


「我の攻撃が……届かぬ?」


 見れば、魔王と聖女の間に、黒みがかった半透明の壁が存在していた。

 聖女の反応から、犯人を推測した魔王はアンリを見る。


「あはは、アリアはやらせないよ。可愛い子を守るのは、男の義務だからね」


 人間を主食とする化け物と対峙している状態では、心拍数の高さは通常の比較にならないだろう。

 この状態は、一種の吊り橋効果となっていた。

 脆い吊り橋が奈落の底に落ちていくかのように、聖女アリアもまた、深く深くアンリに落ちていった。

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