159 大将戦
部屋の壁と天井は跡形もなくなり、夕陽が魔王の青い肌を赤く染める。
「くく、なかなかに楽しめた。大義であったぞ」
カスパールとベアトリクスがほぼ全ての魔力を費やした自爆ではあったが、魔王ジャイターンには致命傷とはならなかった。
「む? ほぅ……家畜の分際で、やるではないか」
しかし、二人の自爆は魔王に傷を付けた。
魔王は自身の両腕から流れる青い血を見て、笑みを浮かべる。
敵がいないことに退屈していたが、想定よりも敵が強かったことに喜びを感じたのだ。
対して二人は、一糸まとわぬ姿で倒れている。
アンリの
「この世界はなかなか楽しめそうだ……さて、飯にでも──」
空腹を満たそうとした魔王だったが、いつの間にかカスパール達の隣に立っていた男、アンリに気付き笑みを浮かべた。
「くく、やっと来たか。待ちわびたぞ小僧。そこの女達よりも、我を楽しませてくれるんだろうな」
「あはは、残念だけど楽しむことはできないよ。僕はノーマルだから、楽しむならそこで寝ている女子の方がいいかな」
アンリの返答に魔王は大きな声で笑う。
「くく、あっはっはっはっは! 貴様がノーマル? いいや、それはない、笑わせるな。臭いで分かる。貴様は完全な異常者だ」
アンリの冗談ではなく、アンリが自分を正常と言ったことが、魔王にはどうしようもなくおかしなことだった。
笑う魔王を無視して、アンリはカスパールとベアトリクスの頭を撫でる。
「やれやれ、頑張りすぎだよ二人共。魔力がほとんど残っていない。もう少しで死んじゃうとこだったじゃないか」
アンリが
その光景に魔王は反応する。
「それは……ふん、その術で我を遠い彼方へ送ってみてはどうだ? それが貴様の唯一の勝機だ」
その言葉を聞いたアンリは口角を上げ、魔王に向き直った。
「あはは、残念だけどそれは無理だよ。この魔法は僕が実際に行ったことがある場所にしか送ることができないんだ。この世界なら遠くに送れるけど、あんたなら直ぐに戻ってこれるだろうさ」
魔王は腕を組み、これといった反応をみせない。
そこでアンリは、自身の後ろに声をかける。
「どう? 魔王の様子は?」
アンリの言葉をきっかけに姿を現したのは、聖女アリアだ。
聖女の肩には、魔法で作成したキツネ姿のヴァラハが乗っている。
「は、はい……
アンリは、今回の魔王との戦いで、聖女アリアを助っ人として呼んだ。
それは、戦力の強化を考えての行為ではない。
確かに、聖女のオリジナル魔法
しかし、先のカスパール達との戦いを見るに、普通の魔法では魔王を傷つけることすら難しいと分かっている。
「あはは、成程、安堵ね……ぷっ、魔法で異世界にでも飛ばされるのが怖かったのかな? そんな大きな図体で、可愛いとこがあるじゃないか」
今回聖女を助っ人として呼んだのは、
圧倒的な強さを持った魔王から、考察した弱点の確証を得たり、新たな弱みを探ろうとしたのだ。
大分弱っていた聖女だが、魔王を討伐するためならとアンリの頼みを二つ返事で引き受けていた。
「いえ、アンリ様……上手く言えないのですが、魔王の感情はアンリ様の言葉を受けてではないように感じます……感情の根幹は、余程なことでないと変わることはありません」
「え? そうなの? まぁいいや」
嘘発見器として使うのには、
「魔族の弱点、当ててみようか」
アンリは、シュマやカスパール達の戦闘の様子をずっと見ていた。
その中で二つ、弱点を推測したのだ。
一つ目に気付いたのは、咄嗟の魔族の反応を見た時だ。
シュマ達との戦いで、アシャの魔眼による不意打ちを受けたパリカー三姉妹は、次の攻撃に備え頭を防御した。
魔王ジャイターンも、カスパール達の自爆魔法を受ける寸前、頭を防御した。
正確には、頭よりも少し上。
そこが魔族の弱点だと踏んだのだ。
「魔族の弱点、それはその頭から生えている角だ。そこを折られると何か都合が悪いのかな? 実は角が力の源とか、そんなとこだと思うんだけど」
アンリの指摘に、魔王は一切の反応を示さない。
首を傾げながらアンリは聖女アリアに目線を送る。
「……その、感情にも何も変化は見られません。失礼ですが……アンリ様のご推測は少し……なんと言いますか……完全な外れだとは言い切れませんが、正解ではないというか、そういった斬新な発想があっても私はいいと思うのです」
一つ目の推測は、全くの見当違いだったようである。
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