147 困惑

 魔王軍幹部、サティーは困惑していた。


「だ、だからさ、あいつが何か呟くたびに、あたいの部下が、こう、ばんって! 他にも、こう、ぐしゃぁって!!」


 ここはペリシュオン大陸の中心。

 元はグゼンデという名前がついていたらしいが、今は魔族の本拠地だ。

 その中で一番背の高い建物を自身の城と決めた魔王ジャイターンは、幹部をここに集めていた。


「よく分からねぇけど、あいつがこう、ぐわぁって! そしたら、黒い光が飛んできて、あたいの仲間がみんな、みんな死んじまって!!」


 目の前で訳の分からない説明をしている女も幹部の一人だ。それも大物の。

 魔王の三人の娘たちは、”パリカー三姉妹”と呼ばれ魔族の中でも恐れられている。

 その次女ヤールヤがここまで取り乱していることに、同じく三姉妹の長女であるサティーは困惑していた。

 ヤールヤは頭は弱いほうではあるが、その実力は確かなのだ。

 そのヤールヤが、涙を流しながら敵の強大さを訴えている。


「落ち着いてお姉ちゃん。相手は本当に人間だったの?」


 パリカー三姉妹の三女であるムーシュが、ヤールヤの背中をさすりながら質問する。

 大人しいが、姉想いの優しい子だった。


「に、人間……だと思ったけど、違うのか? あぁ、そうだ、人間じゃねぇ。あんな家畜がいてたまるか、気持ち悪い!」


 なおも取り乱すヤールヤに、サティーは長女として戒める。

 これ以上他の幹部たちに恥を見せるわけにもいかなければ、不安を煽ることもない。


「落ち着きなさいなヤールヤ。確かにその男が強いのは分かったわよ。それで、どのぐらいなのかしら? 私達三姉妹が一斉にかかったらどうなの?」


 パリカー三姉妹は魔族の中でもトップクラスの戦力だ。

 一人だけでもこの大陸を制圧できるほどの力を持っており、それが三人同時に戦うとなれば、勝てる家畜などこの世界にいないとサティーは踏んでいた。

 ヤールヤを落ち着かせるための確認ではあったが、返答はサティーの想定とは違っていた。


「あたいと、姉貴と、ムーシュで……? 三人同時なら……なんとか……なるのか? よく分かんねぇ、駄目な気がする。あぁ、駄目だ。勝てない。絶対に殺される」


 ヤールヤの弱気な言葉に、他の幹部たちは額に青筋を立てる。

 しかしそんな中、サティーとムーシュは戦慄していた。


 ヤールヤは腕だけなら確かだ。

 そして、その本能とも嗅覚ともいえる第六感で、相手の強さを測ることに関しては三姉妹の中では一番だった。

 そのヤールヤが勝てないと断言した。

 ならば彼女の言う通り、本当に三姉妹の力を合わせてもどうにもならないのだろう。


「それほどの家畜がいるの? 他の家畜共は、どれも大差なかったのに……」


 他の幹部が臆病者と野次を入れている中、サティーはふと思いつきヤールヤに質問する。


「そういえば名前は? 子供の成りをしているのは分かったけど、名前は聞いていなかったわ」


 ヤールヤが絞り出した回答は、この部屋でやけに響いた。


「…………死ノ神タナトス


 部屋が、一気に静寂に包まれる。


「名前は分かんねぇけどよ、周りの家畜共が、あいつのことを死ノ神タナトスって呼んでた……」


 サティーは言葉を失う。

 見れば、先ほどまで野次を飛ばしていた者達もサティー同様、顔を青くして言葉を飲み込んでいる。


 時が止まったと思えた部屋に、威圧感のある声が響いた。


「ククク、我の前で神を騙るか」


 魔王ジャイターンである。

 会議に魔王が入ることは珍しく、幹部達は驚きながらも跪く。


「それもよりによって、死の神ときたか。ククク、面白い」


 その言葉の内容とは裏腹に、魔王ジャイターンの顔からは怒りが滲み出ている。


「ヤールヤ。その男と、我、どちらが強い」


 魔族の中でトップクラスの実力であるヤールヤだが、魔王ジャイターンと比べると天と地ほどの違いがある。

 正直ヤールヤにはどちらが強いかなど、分かるはずもない。

 それでも、ヤールヤは自信を持ち宣言する。


「親父だ……絶対、親父のほうが強い!!」


 ヤールヤの力強い断言を受けて、魔王ジャイターンは当然だと軽く笑う。

 そして、ヤールヤの髪を一房掴むと、思い切り引き千切った。


「ぐぎっ!? 親父!?」


 ヤールヤの疑問を無視し、魔王ジャイターンは引き千切った髪の毛を松明で焼きながら笑う。


「ククク、面白い、なかなかの曲者のようだな。貴様ら、油断するなよ? ここまで来てくれるのなら、全力で迎え撃ってやろう。後悔させてやる、誰に向かって死の神を騙ったのかをな」



 ◆



「あー、ばれちゃったか」


 カスパールが大地に術式を刻んでいる中、アンリは魔法の原典アヴェスターグを見ながら舌を出していた。

 アンリはヤールヤの髪に細工をしていたのだ。

 髪を通して、魔族の戦力を測ろうとしていたが、どうやら気付かれ破壊されたようだ。


「趣味の盗撮に関しては何も言わぬが、少し慎重が過ぎんか? 酒場の様子を見る限り、お主の魔法一つで終わりそうじゃが。ほれ、あの獣共を皆殺しにした魔法とかの」


「いやいや、趣味じゃなくて、必要なことさ。なるべくこの大陸は傷つけたくないし……それに、相手の親玉は底が見えない。もしかして、僕よりも強かったりしてね」


 アンリは本心からの言葉であったが、カスパールには本気に受け止められなかったようだ。

 引き続き、アンリの命令のままに刻印を刻みだしている。

 ヤールヤが魔王を信じているように、カスパールもアンリを信じるしかないのだから。

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