146 トウソウ

死ノ神タナトス! 死ノ神タナトス! 死ノ神タナトス!」


 アンリ一人の活躍により、一先ずの危機は去った。

 魔族がいなくなった酒場では、またも死ノ神タナトスコールが沸き起こっている。


死ノ神タナトス! 死ノ神タナトス! 死ノ神タナトス!」


 人間が勝利し冒険者達が騒いでいる中、顔が魔族のように青くなっている者が二人いた。


「さぁ、横やりは無くなった。次は君たちの番だよ?」


 ホウスとディアルである。

 彼らはアンリの力を知り、後悔などという言葉では足りないくらいに過去の自分を責めていた。


「何か言い訳があるなら一応聞くけど? まぁ、どっちにしろ同じ結果かな。あぁ、直ぐには殺さないから、大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのか。

 ホウス達は指摘したかったが、うまく言葉を発することができない。

 つい先ほどまで随分と酒を飲んでいたのに、楽しい時間が嘘だったかのように喉が渇ききっていた。


 それでも、精一杯の声を絞り出す。

 今日が最後の晩餐になるのかは、今のホウス達次第なのだから。


「だ、旦那……強いですね。あ、あのぅ……さっきのはシャレと言いますか……」

「悪ふざけが過ぎたようでさぁ……多めに見ては……ねぇ?」


 魔族が来る前とは別人のように腰を低くした二人は、あの手この手で許しを請おうとする。


「こ、ここの飯代は俺らが出しときますんで……」

「そ、そうだ! このアイテム! 前ダンジョンで拾ったレアモンですぜぇ! お近づきの印に──」


「──いらない」


 だが、許しを請えるほどの材料を、彼等は持ち合わせていなかった。


「そんなガラクタいらないよ。だから、代わりに貰おうかな──」


 アンリは笑顔を深める。

 子供らしい、可愛い笑顔。


「──君たちの未来を」


 しかし、先の虐殺を見た者からすれば、魔族も泣いて逃げ出す死ノ神タナトスのそれであった。


 殺気ともいえるプレッシャーに当てられたホウス達は、ドラゴンの口内に閉じ込められたかのようなストレスを強いられた。


 自身にかかるストレスの負荷に耐えきれなくなった時、人は決まって"トウソウ"を選択をする。


「ぁ、ぁ、あぁああぁぁああ!!」


 ホウスが選んだのは"闘争"だ。


 殺らなければ殺られる。

 直感のままに、剣をアンリに叩きつけた。


 ──ガギィィィン


 しかし、当然のようにそれはアンリに届かない。

 見えない壁に阻まれたホウスが疑問を感じる前に──


「ぁ」


 ──その四肢は斬り飛ばされていた。


「ぎゃあああぁあぁぁああ!!」


 支えを失ったホウスの体は崩れ落ち床を汚す。

 何が起こったのかは分からなかったが、加害者だけは明確だった。


「あごぉぁがぁぁあ!! だずげぇてぇぇ!!」


 ホウスは、唯一動かせる首をアンリに向け叫ぶ。


「あはは、少しだけうるさいかな?」


 しかし、魔法により許しを請う口も塞がれた。

 今のホウスは、首を動かし物を見ることしかできない。


 自身の体を見れば、切断された手足は戻っていないが、切断面に何らかの治療が施されたのか、出血は止まっている。


「あはは、まるで達磨だるまみたいだ。倒れないように固定してあげなきゃね。ずっと達磨として生きていこう、僕が飽きるまでね」


 ホウスはこの状態でも生きていることに安堵するが、それも一瞬だ。

 この状態で生きていくという未来に、これ以上ない恐怖を覚えた。


「ご飯は毎日与えてあげるよ。作るのが面倒くさいから、君の体が作った物しか提供できないけど。チューブで直接口に供給できるようにしておこうか。あはは! いいね、永久機関完成だ!」


 喋ることのできないホウスの代わりに、ディアルが悲鳴を上げる。


「ひぃぃぃいい!」


 ディアルが選んだのは"逃走"だ。

 生き残るため、生涯で一番の機敏な動きを見せ脱出を図る。

 そんなディアルに向かって、アンリは親指を下に向ける。


『<亡者の誘い落ちろ>』


 ディアルが酒場から出ようとする間際、入り口の床に黒い渦が出現する。


「ひぃぃやぁぁぁああ!?」


 渦から、何十という手が伸びディアルを掴む。

 それは地獄から仲間を求めるかのように、執拗にディアルを引き込もうとする。


「誰かぁぁぁ! 助けぇぇぇえ!!」


 引き込まれたら、自分もこの亡者達の一員になるのだろうか。

 ホウスと比べると、手があるだけましなのだろうか。

 それとも、渦の向こうではもっと悲惨な、自分では想像もできない地獄が待っているのだろうか。


 様々な思いと一緒に、ディアルは渦に飲まれていく。

 魔法の効果が終われば、全てが夢だったかのように、何も残っていなかった。


 酒場の死ノ神タナトスコールは止まり、場を静寂が支配する。


「少しやんちゃが過ぎたかな……ふぅ、そろそろ行こうか」


「あ、あの!」


 酒場を出ようとするアンリに、待ったをかける者がいた。

 小さな子供のパーティーのアムルとハルだ。

 ヘルは未だに短刀を眺めている。


「た、死ノ神タナトス様、さっきはごめんなさい……まさか、本物だと思わなくて……」

「……本当にごめんなさい」


 顔を青くして震えている子供達に、アンリは笑って見せた。

 そこまでの身長差はないが、二人の頭を撫でながらアンリは言う。


「あはは、そんなことどうでもいいさ。律儀なんだね、偉い偉い」


 そして、何かを思い付いたアンリは、リーダーと思わしきアムルに耳打ちする。


「君達、経験を積みに来たと言っていたけど、この大陸で経験できることなんて死ぬこと以外にないよ。アフラシア王国に行ってみたらどうだい? あそこには、君たちが成長できる環境があるらしいからね」


「は、はい! 絶対そうします! ありがとうございます!」


 パーティーメンバーの説得を始めるアムルを横目に、アンリ達は酒場から出ていくのだった。

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