141 平等
アンリとカスパールが様々な銘柄を楽しんでいる中、ペリシュオン教会の関係者は礼拝堂に集まっていた。
「ジューダス、なぜあのようなことを……私が、何か気に障ることをしてしまったのでしょうか」
アリアは、手足を縛られたまま椅子に座らされているジューダスに質問する。
「あ、アリア様! 何かの間違いです! わ、私はそんなこと、神に誓って!」
「そ、そうです! 私達は決してそのようなことは!」
「これは何かの陰謀です!」
答えたのは、ジューダスの仲間達だ。
ジューダスは弁明を諦めている。
アリアの瞳に宿る、
何せ幼い頃、アリアの両目を潰したのはジューダスなのだから。
「なんということでしょう……この世界は、こんなにも嘘にまみれていたとは……あぁ、こんな目、潰してしまいたい。いいえ、それはできません……アンリ様に、折角治してもらったのですから」
アリアの魔眼。
教会が保有している古い文献を漁り、ジューダスは十字架が特徴の魔眼を調べた。
そして見つけた。
十字が特徴の”
そのことが周知の事実になれば、ジューダスが生きている間に教会の実権を握るのは不可能だろう。
だから、ジューダスはアリアの両目を潰した。
しかし、盲目となって尚、アリアは有能だった。
誰にも唱えられないオリジナルの魔法を発明し、その性格から人徳も厚い。
次第に、聖女と呼ばれるようになっていたアリアに対し、ジューダスには妬みの炎が灯った。
”私が、一番偉いのだ。こんな小娘にいいように使われるなど、絶対に許せん! 目を潰すだけでは足りぬ! 殺さなければ……殺したはずなのに……なぜ、なぜぇぇ!?”
そして、秘めたその叫びは、今まさにアリアに見られている。
「ジューダス、あなたは……」
人類皆兄弟。全てが善人であると信じていたアリアの頬には、涙が流れていた。
どう対処したらいいのか途方に暮れていると、シュマが手を叩き注目を集める。
「うふふ、そろそろいいかしら? ジューダスさん達には、後で私がうんとお仕置きをしておくから。いいえ、ご褒美になっちゃうかしら?」
初めて見る顔に、教会の者達は注目する。
「私は真教会本部、序列一位のアエーシュマ・ザラシュトラ。みんなにね、信仰のなんたるかを教えてあげようと思うの。みんなが信じてる、スプンタなんて神様は偽物なんだから。みんな、本物の神様を崇めるべきなのよ!」
この発言に、当然ながら礼拝堂は大きな喧騒に包まれることとなった。
シュマの言葉を理解できなければ、新顔であるはずなのに、ペリシュオン教会の半数ほどがシュマ側についていることも理解不能だった。
今、礼拝堂の中は、明確に三つの派閥に区切られている。
一つは、シュマの言い分を信じられない、至極真っ当な集団。
聖女を中心としているからだろうか、その全てが女性だった。
もう一つは、ジューダスとその仲間達。
全員が拘束されており、発言力は一番低いだろう。
最後は、シュマが率いる新たな神様を提唱する集団。
シュマ以外は全て男性だ。
(シュマ様は何を? それに、なぜ突然彼女の言い分を信じるの? あちらはみんな男性……確かに可愛いけど、そんな俗な理由でスプンタ様を裏切るの?)
アリアは思考を巡らせる。
シュマを
「シュマ様はスプンタ様を信じておられないのですか?」
誰も意見を述べないため、必然アリアが質問をすることになる。
「えぇ、全く、これっぽっちも、なぁんにも信じていないわ。スプンタが私達に、あなた達に、一体何をしてくれたというの?」
「私達が生きていること、これこそが、スプンタ様から与えていただいた奇跡です。この世界を作り、私達を生んでくれました。スプンタ様は私達を平等に愛してくれるお方。これこそ、神と言わずなんと言いましょうか」
アリアの教科書通りともいえる答えに、シュマは笑い出す。
「うふ、うふふ、スプンタが平等に愛している? 何を言ってるのあなた?」
「何もおかしなことは言っていません。人は皆、平等なのです。それこそがスプンタ様の教えなのですから」
アリアが言い終わると、シュマが手で合図をする。それに従い、シュマの派閥から二人の男が前に歩いてきた。
その際、「はい」と返事をしたことから、その人物達が誰なのかアリアには分かった。
リリックとイーサン。
どちらも、アリアがよく知る敬虔な男達だ。
「じゃぁ聖女様、あなたに選択させてあげるわ。この子と、その子。どちらかが死ぬとしたら、あなたはどちらを助けるかしら」
じゅーう、きゅーう♪
質問をしたかと思えば、シュマは数字を数えだす。
はーち、なーな♪
シュマまでワインを飲んでいるのか、とても上機嫌だ。
ろーく、ごーお♪
それはまるで、童謡でも歌っているようだった。
よーん、さーん♪
突如カウントダウンを始めたシュマに、アリアは怪訝な視線を送る。
にーい、いーち♪
「ぜろ♪ うふふ、残念、時間切れよ?」
──ぐしゃ
シュマはどこから取り出したのか、細い短剣をリリックとイーサンの口の中に突き刺した。
剣が脳まで達している。即死である。
「ぁ……りり……いーさ……あぁああ!!」
突如行われた凶行に、礼拝堂は悲鳴に包まれる。
シュマの派閥の者達でさえも、目の前の光景に驚愕している。
しかし、その体は微動だにしない。
”色欲”の能力を受け、体の自由が奪われているのだ。
「うふふ、どっちも選ばない聖女様が悪いのよ? じゃぁ次はあなた達、前にでてきなさい」
次いで、返事をしながら前に立ったのはモーガンとリスティだ。
モーガンは老齢な男性。
リスティは、シュマとそう変わらない、13歳の小さな男の子だった。
「な、なぜ……体が勝手に……」
「た、助けて、聖女様……」
二人共、これから何が起こるのか理解している。
涙を流し助けを求めるも、シュマの命令には逆らえない。
「うふふ、次は5秒前からにしましょうか。時間はとても、大切だものね」
ごーお、よーん♪
選ばなかったら両方死んでしまう。
そのことを、アリアは理解してしまっていた。
さーん、にーい♪
モーガンもリスティも、必死の形相でアリアを見つめる。
しかし今から二人を助けるのは、どうあがいても間に合わないだろう。
いーち♪
”僕は大きくなったら、聖女様を守るんだ”
アリアの脳内に、いつかリスティが語った台詞が再生された。
その時は見えなかったが、彼の瞳は、とても綺麗に輝いていただろう。
少なくとも、今のように絶望に染まった瞳ではなかったはずだ。
「リスティィィ!!」
アリアは声を上げる。
二人共殺されてしまうのなら、どちらか一方でも助けるべきだ。
その選択は、責められるべきではないだろう。
──ぐしゃっ
シュマは、剣を突き刺した。
アリアが選択をしたため、突き刺されたのは一人だけだった。
「り、リスティ……なん……で?」
死んだのは幼いリスティだった。
思っていたルールと違うことに、アリアはパニックになり、シュマへ怒りの目を向ける。
しかし、それも一瞬だ。
アリアは怒ってしまった自分に嫌悪し、吐きそうになる。
「うふふ、うふふふ、あはははは! あれ? 私、間違えたかしら!? だったらごめんなさい、でも仕方ないの。だって、この子たちの名前なんて知らないもの。あはははは! ごめんなさい聖女様! あなたが助けようとした子は、死んじゃったわ! でも良かったじゃない! こっちの彼は生きてるわ! あぁ、でもあなた、別に彼は死んでもよかったのよね? うふふ、困ったわ、えぇ、でも仕方ないわ。これからは仲良くしてあげてね?」
モーガンは助かったというのに、その顔は冴えない。何か思うところがあるのだろうか、陰のある目でアリアを見ている。
シュマが高笑いする中、アリアは自分の発言の意味に気付き、後悔していた。
「ほら、平等なの!? 聖女様、今のあなたは平等だったの!? なんで片方を助けようとしたの!? 幼いから!? 可愛いから!? あなたにとっての特別だから!?」
アリアは何も答えない。答えられないのだ。
答えてしまうと、アリアが信じる何かが崩れてしまうから。
「ほら見なさい。スプンタは私達に、平等なんて与えなかった! 孤児として生まれたスラムの子たちは、何か悪いことをしたの!? なんであの子たちは、一日を生きるのに、あんなに必死にならないといけないの!?
アリアは、生まれてから一番の悔しさを感じていた。
他ならぬ自身が、贔屓な選択をしてしまったのだ。
ここでは、何を返しても言い訳になってしまうだろう。
そして、心のどこかで感じていた。
モーガンとラスティの差を。
人は決して、平等ではないのかもしれないということを。
「うふふ、それじゃぁ私はこの子たちに、愛というものを教えてあげるわ。あなたも見ていく? 全然いいわよ? 愛だけは、平等に与えられるべきだものね」
それからのジューダス達への仕打ちに、アリアは見るのも耐え切れなくなり礼拝堂を出ていく。
「うふふ、本物の神様を信じたら、あなた、とっても幸せになれるのよ?」
その際、シュマはアリアへ耳打ちする。
「あなた、聖女だから、すでに神様に嫁いでいるんでしょ? うふふ、なんて好運なのかしら。羨ましい。奇跡といってもいいわ。だって、神様は
初めての恋心を刺激されたアリアは、後悔と興奮が入り混じり、ひどく混乱する。
信仰というものが、何かよく分からないものにさえ見えてきてしまった。
「
これまでは何も見ずに、ただ神様を信じていれば幸せだった。
アリアは、世界が見えてしまったことに恐怖した。
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