138 聖女
ダハーグから降りたアンリ達は、移動手段を馬車に変えた。
転移魔法で取り寄せた馬車は特注のもので、四人が座っても随分と余裕がある。
「えぇ、それではアンリ様と呼ばさせていただきます。私のことはアリアとお呼びください。ふふ、なんだか名前が似ていますね。運命、かもしれませんね」
それなのに、アリアは顔を赤らめ、アンリとの距離を更に縮めだしている。
広い馬車の中ではあるが、腕同士が触れ合っている。
アンリが満更でも無さそうにしている中、反応したのは意外にもシュマだった。
「アリア……あなた、もしかして
聖女と呼ばれたアリアは、はいと頷き肯定を示す。
その間も、瞳はアンリを見つめたままだった。
「まぁ! それは運がいいわ!」
興奮したシュマは、アリアの隣に移動する。
もし奴隷達がいたのなら、双子に挟まれたアリアの席は地獄の特等席にも見えただろう。
しかし、当の本人はこの上なく幸せそうだ。
「
アンリの疑問を受けて、シュマは知る限りの情報を共有する。
聖教会の関係者で、ペリシュオンの教会では一二を争う程上位の立場であること。
能力と人間性を評価され、"聖女"という二つ名がついていること。
天使と見まごう程の美貌から、様々な方面からアプローチをかけられているが、その全てを無下にしていること。
シュマが説明している際も、アリアはじっとアンリの顔を見つめていた。
流石に気に食わなかったのか、カスパールが少しきつめの口調で質問する。
「それで? その聖女様とやらが、なんで襲われたんじゃ? よっぽどな恨みでも買っておったのか?」
聖女は目をつむり、首を横に振る。
「分かりません。私はただ、アフラシア大陸に行きたかっただけなのです。しかしその道中、何者かに襲われました。私以外はみんな、亡くなってしまいましたね……私のわがままのせいで……残念です」
亡くなった人の中に、大切な人でもいたのだろうか。
アリアは先ほどまでとは一変し、辛そうな表情を見せている。
「えっと、僕の力不足でごめんね」
「い、いえ! とんでもございません! アンリ様から頂いた奇跡に、これ以上何を求めましょうか! お、お礼と言ってはなんですが、私を……い、いえ、駄目です、私は既に神に嫁いだ身……」
顔を赤らめて身をよじらせているアリアに、カスパールはため息を吐く。
「……それで? なんでまた聖女様がアフラシア大陸に行こうとしたのじゃ?」
カスパールの質問に、アリアは記憶を辿り答えていく。
どうも最近、とは言ってもアリアが死ぬ前ではあるが、アフラシア大陸にある聖教会本部の動きがおかしかったらしい。
実権を握っていたウォフ・マナフと急に連絡が取れなくなり、他の知人と連絡を取ろうにも、その全ての者が、人が変わったように口数が少なくなったこと。
新たに実権を握った人物は、これまでの聖教会とは縁もゆかりもない人物だったこと。
皆が不審に思っている中、聖教会が信仰している神、スプンタ・マンユは偽物だという噂まで流れてきた。
これに、ペリシュオンの教会の者は憤慨した。
本部は狂っている。
ペリシュオンこそが本部組織になるべきだ。
本部の異端者共を皆殺しにしよう。
魔女狩りだ。
皆が殺気立っている中、アリアが待ったをかけた。
「私は、本部の言い分を聞きたかったのです。確かにおかしなことだらけでしたが、皆が言っていることは、推測の域を出ていませんでした。ですから、私が実際に訪問し、聞き、判断したかったのです」
だが、その道中で何者かに襲われたらしい。
アリアはお金に困った賊の仕業かもと言っているが、アンリは疑問を感じていた。
アリアの死体があった馬車を調べると、細工がされていたことに気付いたのだ。
注意深く調べないと分からないように隠蔽されていたが、馬車は絶魔体で覆われていた。
つまり、馬車の中の人物は魔法を使えなくされていたのだ。
さらに、アリアの死体は五分割にされていたとはいえ、性的な意味で無体を働かれた痕跡はなかった。
極上の美人であるアリアを相手に、賊が何もしなかったというのは、どうしても腑に落ちなかったのだ。
「身内に裏切られたのであろう。つまらん派閥争いというやつか。人間は同族殺しが好きじゃからな」
カスパールもアンリと同じ結論に至ったようだ。
死体への仕打ちから考えても、アリア襲撃は私怨がこもっていたのだろう。
だが、当のアリアは否定する。
「まさか、そんなことはありえません。教会の方たちは、とても心優しい方ばかりです。私があそこで襲われたことは、神の意志だったのでしょう。そして、アンリ様に癒してもらったこともまた、神の意志なのかもしれません」
アンリの腕に手を絡ませるアリアは、人を疑うことを知らないのかもしれない。
それは確かに、聖女と呼ばれる由縁でもあるのだろう。
しかし、世界の闇を知っているカスパールには、アリアがそのような高貴な存在には思えなかった。
「この頭お花畑女が……」
「あら、とても嬉しいです。お花って、綺麗なのでしょう?」
アリアの返事は、ボタンを二つは掛け違えたような、酷くちぐはぐなものだった。
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