137 ペリシュオン大陸

「ねぇダハーグ! 今回の魔族ってダハーグの知り合いとかじゃないの!?」


 アンリは魔王が現れたペリシュオン大陸へ移動していた。

 同行者は"永遠の炎"のメンバーである、妹のシュマとダークエルフのカスパール、そして移動手段としてのダハーグだ。

 一同は竜の姿になったダハーグの背に乗っており、自然とアンリの話す声は大きくなっていた。


「ふむ、その可能性は極めて低い。主の言葉で言うならば、天文学的確率だ。そんなことは、主も分かっておるだろう?」


「あぁ、確か前に言ってたね!?」


”魔界という位置付けの世界は星の数ほどある”


 アンリは、過去のダハーグの発言を思い出す。


 ”魔物召喚の儀”で呼び出される魔物は、この世界では一切見たことがない魔物ばかりだ。

 そのため、全く別の、それこそ異世界から召喚しているものだと思われているが、アンリは異世界という存在を疑っていた。

 地球を改変するだけで大掛かりな作業のはずだ。それを、きわめて短時間で行ったAIが、別の世界までわざわざ構築したのかを疑問に思ったのだ。

 勿論、元々異世界という存在があるのかもしれない。

 それでもアンリは、別の推測を立てていた。


「ダハーグやロアロアは、魔法が生まれる前から存在していた……?」


 アンリの言葉に、シュマの使い魔のロアロアは自身の存在をアピールしているが、シュマの体の中に寄生しているため視界には入らない。

 アンリはロアロアに気付くことなく、考察をしていた。


 そもそも、異世界などなくても、前世でアンリが知らない生命体が存在していた可能性はある。

 宇宙である。

 アンリの前世では太陽系の調査は全て終了し、その中では生命体はいなかった。

 しかし、太陽系も属している銀河系の調査は終了しておらず、銀河系外ともなれば調査自体が始まったところだった。

 ここまで広い宇宙の中で、生命体が存在しているのが地球だけと思う方がどうかしているだろう。

 ”魔物召喚の儀”とは、つまるところ”超遠距離転移魔法”なのではないか。

 それならば、必要魔力量が膨大であることも納得できる。


「ダハーグって宇宙人なのかな!?」


「ちゅーじん……? 主よ、何を言っている?」


 しかし、この質問は誰にも答えることができない。

 ダハーグとしては、ただ呼び出されただけという認識であり、自分が宇宙人であることが不明であれば、そもそも宇宙という存在への理解もなかった。


「あはは、ごめんごめん、気にしないでよ。割とどうでもいいことだから」


 ただ、この推測が正しければ、一つ確かなことがある。

 それは、やってきた魔王という存在が、相当な強者であるということだ。


 ”魔物召喚の儀”を成功させた者は、アンリの知る限りでは三人しかいない。

 アンリ本人と、妹のシュマ。そして魔法学院パンヴェニオンの学院長だ。

 一匹を召喚するだけでも実例が極めて少ない中、今回の魔王は大勢の魔族を転移させている。

 その規格外な力だけでも警戒に値する上、この世界でいう魔法以外の能力を使う可能性が高いのだ。


 アンリが気を引き締めている中、ダハーグは気にせずに話題を変える。


「そんなことより主よ、他の魔法も教えてくれぬか? なるべく派手なやつがよいのだが」


 魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカをアンリから貰ったことにより、ダハーグもいくつかの魔法が使えるようになっていた。

 これまで魔法とは無縁だったダハーグは無邪気に喜んでおり、まるで子供が初めて玩具を手にしたようだった。


 対して、アンリは少し困った顔をしている。


「うーん、ダハーグに攻撃魔法を与えるのは、少し心配だしなぁ……加減が分からずアフラシア大陸を沈めちゃったりしそうだし……」


「心配するな主よ。流石に主の魔法の危険性は分かっておるつもりだ。今でも試すときは主の家から遠く離れて使っておるし、不可視の魔法も使って秘匿するよう気も配っておる。ほら、心配いらぬであろう? 突如空で爆発が起こっても、人間は祭りが始まったと思うだけよ」


「あはは、テロに巻き込まれたと思うんじゃないかな。まぁ考えとくよ」


 派手な攻撃魔法を教わることは保留になったと知ったダハーグは、目に見えて元気が無くなっていた。




「よし、もう到着するね。そろそろ降りて、スライムの姿に戻ろうか」


 竜の姿をとったダハーグを魔王に見られて、警戒をされないようというのが半分。

 もう半分は、人類の味方にはとても見えない風貌のダハーグを味方に見せては、無用な不安を煽ってしまうと思ったからだ。


 ダハーグが高度を下げている中、カスパールが声を上げる


「アンリ! あれを見よ!」


 カスパールが指さした方向に顔を向ければ、遠くに馬車らしき物が見えた。

 ダハーグをスライムの姿に戻すのが遅すぎたかとアンリは反省しながらも、とりあえずはその場所に向かうのであった。



「えぇっと……盗賊にでも襲われたのかな?」


 ダハーグが味方であることの説明や、聞き分けの悪い者であればそれなりの対応も考えていたアンリだが、その心配は杞憂に終わる。

 生きている人間がいなかったのだ。


 元はそれなりに上等だった思われる馬車は倒され、その上で何度も攻撃を受けたのか、至る所が破損し焼け焦げている。

 馬車の周りには護衛や従者らしき人物の死体が転がっていた。

 その腐敗具合から、死んでから随分と時間が経過したのだろうと思われる。


「ふむ、盗賊というより、この人物が狙いだったようじゃな」


 カスパールに釣られ、アンリは馬車の中を覗き見る。

 そこにあった、一番身分が高いと思われる者の亡骸は、他の死体とは少し様子が違っていた。

 両手足と首を胴体から五つに分断され、その全てに複数の剣が突き立てられている。


「うっへぇ……よっぽど恨みを買ってたんだろうねぇ。よく分からないけど、自業自得なのかな? ご愁傷様」


 アンリが冗談交じりに両手を合わせていると、シュマが馬車の中で見つけた物を持ってくる。


「ねぇ兄様あにさま、どうやらこの人たちは、元聖教会の関係者のようなの」


 シュマが持っている額あてには、聖教会のシンボルである十字架が描かれていた。

 シュマの推測は、ほぼほぼ間違っていないのだろう。


兄様あにさま、お願いがあるのだけど。この人たち、生き返らせることはできないかしら?」


 いつかシュマが「別の大陸の教会にも神様を布教したい」と言っていたことをアンリは思い出す。

 ここで殺された者たちに恩を売ることができたら、シュマの助けになるかもと思い、アンリは魔法の原典アヴェスターグを捲りだした。


「難しいだろうね……まぁ試してはみるけど、期待はしないでよ?」


 生に執着があればあるほど、魂は長く残る。

 それはアンリが研究で発見した事実だ。


(それにも、いくら何でも限界があるからなぁ)


 死んでから数年は経っているであろう死体を見て、アンリは正直諦めていた。


『<蘇生魔法リザレクション>』


 それでも可愛い妹の手前ということもあり、意味はないと思いつつ馬車付近の一帯へ一括して蘇生魔法をかける。


「お? 一人いけそうだね。未練というか……恨みなのかな?」


 アンリの想定は外れ、魔法の輝きに伴いある一点に反応が見られた。


 魂がまだ存在していたのは、五体に分割された者だった。

 刺された剣は抜け落ち、切断された体はくっついていく。

 魔法の輝きが収まる頃には、その死体は完璧に蘇っていた。


(……魔法を使った甲斐あったかも)


 蘇ったのは女性だった。

 少し黄色がかった薄茶色、亜麻色と言われる長い髪の毛には艶がある。

 年の頃は20と少しといったところだろうか。

 服までは魔法で直せなかったため、今の女性は裸ではあるが、それでもアンリが顔から目を離せなくなるほどの美形であった。

 情欲的なカスパールとはまた違う、どこか母性を感じさせるような優しい作りをしている。


 その女性は、自分が目覚めたことに気付いたのか、酷く動揺しているようではあるが、その目は閉じたままだ。


「やぁお嬢さん、体に問題はないかな? その目を開けてごらん?」


 自分の魔法に手応えを感じており、問題はないと分かっていながらも、アンリは女性を支え声をかけた。


「ぁ……あの……失礼ですが、どなたでしょうか」


 しかし、女性の目は閉じたままだ。

 アンリの顔をぺたぺたと手で触りながら、会話を試みようとしている。


「えぇっと、問題なく治ってるから、目を開けてくれない? いや、別に触られるのが嫌なわけじゃないんだけどね」


 アンリの声を受け、その女性は恐る恐る目を開ける。

 やっと開いたその目は、極めて特殊だった。

 右目は髪色と似ているが、亜麻色というよりは黄色に近い。

 そして、左目の色は右と違い、桃色だった。オッドアイである。

 更にその左目には、十字架のような紋章が見える。

 誰が見ても、魔眼持ちなのだろうとすぐに推測できた。


 アンリは驚き目を見開く。

 女性の顔は、それよりも更に驚きに包まれていた。

 そして、徐々に頬が左目と同じ桃色に染まっていく。

 それはまるで体中の血が、顔に集まっているかのようだった。


「…………綺麗」


 女性が呟いた声に、アンリは返す。


「いやいや、君の方が綺麗だよ」


 これがアンリと聖女の出会いだった。

 長い時間止まっていた聖女の心臓は、遅れを取り戻すかのように急ぎ仕事をこなしだす。

 鐘の音とも間違えそうな大きな心音のせいで、聖女にはカスパールの舌打ちは全く聞こえていなかった。

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