136 指名依頼

「よくぞ参った。なに、ちと頼みたいことがあってな。うぬら二人ぐらいにしか達成できん依頼と踏んでおる」


 ザラシュトラ家の長男にして、”死ノ神タナトス”の二つ名をつけられたSランク冒険者であるアンリは、アフラシア国王から招集を受けていた。

 いきなりの呼び出しではあるが、アンリは特に気にせず膝をつき要件を聞く態勢に入っている。


(王様に恩を売れるのはありがたいしな……それにしても……)


 アンリは隣に視線を送る。


「…………」


 そこには、依然とは様子がまるで違うディランが膝をついていた。

 アフラシア王国最強と名高い、ソロでSランク冒険者まで登り詰めたディランは、普段は飄々としており、ありていに言えば絡みやすい存在だ。


(……元気がないなぁ。これじゃこっちまで気が滅入っちゃうよ)


 しかし、今のディランの顔は険しく、誰とも視線を合わせようとしない、

 初めて見るディランの姿にアンリが困惑していると、国王もそれに気づいたようだ。


「どうした? ……あぁ、そうか、奴はお前にとって大切な友人だったな」


 友人という言葉に、ディランはピクリと反応する。


「モスマンか……惜しい者を亡くした。奴は、余も懇意にしておったのだがな……」


 国王の言葉に、ディランは更に力なく項垂れ言葉は出てこない。

 その様子を見た国王は決断する。


「……ふむ、では今回はザラシュトラの息子に全てを託そうか。パールシアの奇跡、再度期待させてもらおうかの」


「私にできることなら何なりと。それで陛下、私は何をすればいいのでしょうか」


 凡その検討はついているアンリではあるが、確認のために質問する。


「うむ、ペリシュオンのことは知っておるか?」


 それは、やはりアンリの予想通りの件であった。


「存じております。なんでも、紛争国家ペリシュオンに魔族……そして魔王が現れたとか。すでにペリシュオンの5割方は制圧されているようで……このままでは他の大陸への進出も時間の問題なのでしょうね」


 思ったよりも詳細を掴んでいるアンリに少し驚くも、国王は命令する。


「然り。余はな、その魔族とやらが許せんのだ。全くの余所者がこの世界で幅を利かすなど、不敬の極みであるわ。奴らを淘汰せよ。奴らの力は未だ底が知れぬが……死ノ神タナトスの力、見せつけてやってはくれんか?」


 アンリは少し沈黙する。

 そんなアンリに、国王は笑いながら言葉を投げる。


「くく、褒美がほしいのか? なんでも言うがよい。奴らを滅ぼすことができるのならば、これ以上の功績はない」


 アンリとしては手順を考えていただけではあるが、勘違いした国王の提案に乗ることにする。


「王様、一つ確認させてください。王様はペリシュオンが欲しいのではなくて、魔族を滅ぼしたいのですか?」


「然り。それが余の願いだ」


「でしたら、魔族を滅ぼした暁には、ペリシュオンを私が頂いてもよろしいでしょうか」


 その提案は、国王に受けいれられるとは思っていなかった。

 しかし、アンリの予想に反し、国王は快諾する。


「問題ない。そもそもあの地は誰の許可もいらぬ。なるほど……ドゥルジールはまだ若く、当主の座は当分動かんからな……うぬも思うところはあるのだろうな。それとも夢の島がもう一つできるのか……まぁよい、余はアフラシア大陸が好きなだけだ。他の大陸に興味はない、好きにせよ」


「ありがとうございます! でしたら陛下の望み通り、愚鈍な魔族とやらを葬ってくれましょう。ザラシュトラの名に懸けて」


 モチベーションの上がったアンリを見て、国王は満足する。


「ふっふっふ……そうだな……魔族を葬った際はその功績を称え、冒険者組合にうぬを昇進させるよう口利きしてやろう」


 気分がよくなり、国王は更なる褒美を提示する。

 しかし、その褒美の内容にアンリはピンときていない。


「あの……私はすでにSランク冒険者になっております。これ以上の昇進は難しいかと……」


「くく、死ノ神タナトスともあろう者が、つまらん常識に縛られておるな。これ以上昇進できないのであれば、それ以上のランクを作ればよいではないか。SSランク冒険者……どうだ? 血が沸くであろう?」


 SSランク冒険者。

 少し安直な命名に思うが、アンリは決して水を差すような真似はしない。


「……ええ、やる気がでてきました! それでは、早速行ってまいります!」


 何せアンリは、前世ではサラリーマンの時期が長かったのだ。

 本心を言ってくれる部下も大事だとは思うが、TPOを考慮すると自信満々な上司の顔を潰すことは決してありえない。

 貰えるものは貰っておこうという精神で、踵を返すのであった。



 帰り道、これまで一言も話していないディランにアンリは声をかける。


「あの……ディランさん、ごめんね」


 その言葉に反応し、ディランは今日初めて声を出す。


「……なんでだ? どうして兄貴が謝るんだ?」


「僕にもう少し魂への理解があれば、モスマンさんを蘇生できたかもしれないし……もう少し早くシュマが組合へ到着していれば、そもそも死ぬ前に助けられたかもしれないし……」


 ディランの親友にして、未来予知とまで呼ばれる先見の明を持っていたモスマンが死んだことに、ディランはひどく落ち込んでいた。

 アンリとしてはモスマンを自殺に追い込んだことに自覚がないため、本気で悪いとは思っておらず、ただディランと会話をするためだけの台詞だ。

 その言葉を聞いたディランを首を横に振る。


「はは……そんなの、兄貴が気にすることじゃないぜ? モスマンは自殺したんだ。責められるべきは、親友が悩んでいることに気づけなかった俺だと思うぜ」


 尚も落ち込むディランを見て、アンリはこの話題は避けることにする。


「その……兄貴ってのは、ちょっと……年上のディランさんからそう呼ばれるのは恥ずかしいんだけど……」


「あぁ? あの”金色こんじき”を落としたんだぜ? もっと自信を持っていいと思うぜ? そうだ、そろそろどうやって落としたか、兄貴のテクニックを教えてくれよ」


「いやぁ、特別なことはしてないよ。単純にお願いしただけなんだ」


「はぁ、そんなんで落とせたら苦労しないぜ……あの女、金貨10枚でデートしてくれって頼んでも断りやがったぜ」


「あはは、それは逆に不快なんじゃないの……?」


「そう……か。確かに……はは、俺としたことが気付かなかったぜ」


 ディランから笑顔がこぼれ、アンリは少し満足する。


「あぁ、悪いな兄貴、変に気を遣わせちまったか」


「あはは、いいよいいよ。いつものディランさんに戻ってくれないと、僕もやりにくいからね。じゃあね、ディランさん。魔族のことは任せてよ」


 アンリと分かれたディランは、またも真剣な顔になっていた。


「そうだ……俺は、生きれなかった奴らのためにも、強く生きなきゃならないんだ……」


 しかし、先ほどまでとは違い、その目には強い生気が宿っていた。

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