139 教会

「へぇ、アフラシアの教会とは、別に大差はなさそうだね」


 アンリ達は、アリアを送り届けるため、ペリシュオンの教会にやってきていた。


「ほら、アリア。僕の手につかまって」


 アンリの手を借り馬車から降りるアリアの顔は、幸せに満ちている。

 しかし、特別扱いが過ぎたのだろう。不満に思ったカスパールがアリアを挑発する。


「なんじゃお主、介護が必要なのか? 箸より重い物は持てんのか?」


 しかし、悪意というものを知らないアリアには全く通じない。


「どうでしょうか。確かに重い物を持ったことはありません。こればっかりは試してみないことには……あぁ、介護と言えば……息をするのも久々なので、つい忘れてしまっていました」


 アリアは目を閉じ膝をついたかと思えば、両手を合わせて詠唱を始めた。


『天にまします我らの神よ。地上の罪を許したまえ。地上の民を救い、愛したまえ。全ての善に愛情を。全ての悪にも慈愛の心を。どうか、目前の光も見えぬ私に大いなる慈悲を』


 大量の魔力が凝縮されていく。

 それは、伝説の魔法使いと言われたカスパールでさえも、思わず身構えてしまうほど強大な力だった。


「これは……マスター、どうやら私の知らない魔法のようです」


 魔法の原典アヴェスターグの表紙に施された一つ目が、アンリに訴えてくる。

 この世の魔法を作ったと言ってもいいAIの分身たるメルキオールが知らないオリジナルの魔法。

 その事実にアンリは興奮し、食い入るように見つめていた。


『私を導いて、<救済の化身アヴァターラ>!』


(これは……召喚魔法?)


 アリアを中心に強い光が発生する。

 光が収まり、第一声を上げたのはアンリだった。


「き、きつね? い、いや……なんだこれ? 何を召喚したの?」


 現れたのは、一言で言えば透明なキツネだった。

 若干青みを帯び、顔のパーツが見当たらないキツネは、立ち上がったアリアの足元をウロウロしている。


「この子はヴァラハといいます。召喚ではなく、私が魔法で作り出したものです。うふふ、久しぶりね、寂しかった?」


 アリアに懐いているヴァラハを見て、アンリは鳥肌が立つのを感じていた。


(魔法で……作った? こいつ、明らかに意思があるぞ。そんなことできるのか? 凄いな……今度試してみたいな)


 思案しているアンリを更なる衝撃が襲う。

 キツネ姿のヴァラハが「キュルキュル」と泣き声を上げたかと思えば、アリアの体が柔らかな光に包まれた。


「補助魔法? 馬鹿な……魔法が魔法を使っているのか?」


 発想としては、アンリの魔法の原典アヴェスターグと似ているのだろう。

 魔法提供の核代わりとなるヴァラハを生み出す救済の化身アヴァターラ、は、アリアのユニークにしてオリジナルの魔法だった。

 思っていたよりも段違いに聖女の能力が高いことに、アンリは驚き、カスパールは顔を歪ませる。


「お手数をおかけいたしました。今後はこの子が、私の身の回りのお世話をしてくれますので。それに、教会は私の家です。うふふ、目をつむっていても歩けますよ」


 アリアは、アンリ達に深く頭を下げる。


「それでは皆様、ありがとうございました。本当にどのように感謝をお伝えすればいいのか……何か私にできることがありましたら、何なりとお申し付けください」


 アンリがシュマに目配せをすると、シュマは頷き提案する。


「うふふ、それならお願いしようかしら。私たちも、教会に同行させてもらうわ」


 いくら命の恩人からの頼みとはいえ、そのお願いはアリアを困らせた。


「その、教会に入ることができるのは、関係者のみとなっておりまして……いえ、命の恩人ですもの。少々お待ちください、直ぐに承諾を取ってまいりますので」


 急ぎ教会に戻ろうとするアリアを、シュマは満面の笑顔で引き留める。


「その必要はないわ。だって私、関係者だもの。改めて自己紹介させてもらうわね聖女様。私は真教会序列一位のアエーシュマ・ザラシュトラ。本部の代表として、ペリシュオンの皆さんに説明させてほしいの。本物の信仰というものを。みんなが、どれほどの間違いを犯しているのかを」


 聖女といえど、今はシュマのほうが立場が上になるのだろう。

 アリアは驚きながらも頭を下げ、シュマ達の案内を始めるのであった。

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