150 魂
「そら! そらそら! そらぁ!」
マズダールはアンリに剣を振りながら、傲慢に相応しい態度で叫ぶ。
「ふはははは! ほれ! 足掻いて見せよ! そらぁ!」
アンリは魂に攻撃を受けながらも、なんとか攻撃を捌いている。
「貴様が、余に、勝てるわけがないのだぁ! 傲慢こそ最強! 余こそ最強なのだからぁ!」
魂に直接攻撃を受けているせいか、マズダールの叫びはアンリの頭に強く響いていた。
「幾多の天才が成し得なかった偉業を! 如何なる生物も体現できなかった奇跡を! 余が成し遂げた! 余こそが、神に最も近い存在! いや、余こそが神だ!!」
如何に技術が優れていようが、魔法に長けていようが、これまでマズダールに勝てた者はいない。
”傲慢”の能力で魂を直接乗っ取ってしまえば、相手がどんなに強くとも何も意味がないからだ。
現に、最強と称されたディランもこの能力の前に為す術なく敗れた。
アンリの魔法にも、自身の魂への乗っ取りを防御するものはない。
魂というものを完璧に理解していないため、新しく魔法を作るのも困難だろう。
”傲慢”が最強の能力。
マズダールの自負はある種当然のものであり、アンリも同様に理解していた。
「何が神だ……っ! 生きることを諦めて、世界を壊そうとしただけだ! お前なんか、ただのテロリストじゃないか!」
苦痛から額に汗を流しながら、アンリも叫ぶ。
「ふん、何が悪い! どうせ死んでしまうなら、この世界が消えてなくなっても何も問題がないではないか! 死ぬのなら、壊してしまえ、この世界!!」
「この老害がっ!」
「神である余を老害などと……どこが老害かっ! 相も変わらず不敬な小僧だ!」
お互いが魔法を使用せず、剣にて想いをぶつけ合う。
魔法はこの戦いにおいて、何の意味も持たないからだ。
これは魂の勝負。
マズダールの魂がアンリを乗っ取ることができるか。
アンリが自身の魂を守ることができるか。
自身の魂が飲み込まれないよう、アンリは叫び剣をふる。
「偶然の産物を手にした好運者が……っ!」
「えぇい、鬱陶しい! 気はすんだか!? そろそろ貴様の体をよこせ! 余が有意義に使ってやろう!」
魔法を使わない剣の勝負は互角だった。
剣での勝敗は意味がないと知りながらも、アンリは必死に剣をふる。
「……と言っても、特段何かしたいこともないのだが……永遠になると、やはり時間を持て余すものでな!」
「それは生きているって言わないんだよ糞じじぃ! ただただ時間を浪費しているあんたは、もう死んでいるんだよ! 大人しくあの世で隠居してろ!」
「断る! それでも死ぬのが怖くてな! 若い者が年上を敬って死ね!」
「そういうのを老害って言うんだよ糞じじぃ!」
長く続いた戦いではあるが、ついにアンリが膝をつく。
「ぐっ…………」
その様子を見て、マズダールは軽く笑い剣を手放す。
魂にかかる負担が更に大きくなったのをアンリが感じると同時に、マズダールの目の輝きは無くなり、骸骨は力なく崩れ去った。
「くくく、余にかかれば”
マズダールの言葉が出てきたのは、アンリの口からだった。
「じじぃ……」
同じ口から、アンリ自身の言葉も出てくる。
「ほぅ? まだ意識があるのか? なかなかに強い魂を持っておるのだな」
マズダールの魂がアンリの体を乗っ取ったのだ。
従来であれば、そこで体の持ち主であるアンリの魂は消失するはずだ。
しかし、アンリの魂は微弱ながらも存在を保っていた。
マズダールの長い人生の中で初めての現象ではあるが、マズダールに慌てた様子はない。
「くくく……本当に変わった奴よな。だがこれで終わりよ……さらばだ糞ガキ」
”傲慢”の能力により、自身の魂の輝きを限界まで強くする。
それにより、どんなに強靭な魂でも耐え切れず消滅する──
「さっきからガキガキってねぇ、魂は成人してるんだけど?」
──はずだった。
「何!?」
ありえないことだった。
”傲慢”の能力を回避できる者など、これまでに何人たりともおらず、これからもそのはずだ。
しかし、アンリの魂がまだ存在していることに、マズダールはさすがに慌てる。
「貴様、何をした!?」
「あはは、結構手間取ってたんだけどね、あんたが魂をリンクさせてくれたお陰で、最後のピースが埋まったんだよ」
「質問に答えろ糞ガキィ! 何をしたのだ!? なぜ、貴様はまだ存在している!?」
「端的に言えばね、"大罪人システム"に干渉したんだよ」
その説明は、マズダールには全く理解が及ばないものだった。
「は……? あ、あり得ぬ……何をでたらめを……そんなこと──」
「──不可能だろうね、僕を除いては。僕があんたにとっての最大のイレギュラーだ」
アンリの顔にはもう苦痛の色は見られない。
落ち着いた足取りで歩くその顔には、笑顔さえ浮かべている。
「僕は転生者なんだよ。僕が"A"を創ったんだ……もしかしたら、あんたは僕のことを知っているんじゃないの?」
「…………は?」
玉座に座ったアンリは、最後のカードを切るのだった。
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