148 革命

 ザラシュトラ家の門前の光景を見て、マズダールは肩を震わせていた。

 アンリは追い打ちをかけるべく、声を上げる。


「ぷっ、ぷぷっ、ボードゲームは苦手か? だって? ぷぷっ、何言ってんの? いやぁ、なかなか面白いじゃない、流石裸の王様!」


 マズダールはアンリに向き直る。

 内心では煮えたぎっているが、なんとか表に出さないように努めていた。


「ふん、いいだろう、今回は貴様の大事なものは壊せなんだ。そこの点では、負けを認めてやってもいいかもしれん。だが、それがどうした? 余は王であるぞ? 余が何千年もかけて築いてきた盤石な地盤を、今更貴様がどうしようというのだ?」


 マズダールは両手を広げ、アンリに語る。


「余に勝つということはだな、アフラシア王国に勝つということだ。それこそ、盤をひっくり返すようなものよ。いくら貴様とその仲間が──」


「──あー、はいはい」


 マズダールの言葉を遮り、アンリが映像を映す。

 映ったのは、王都を俯瞰して見た光景だ。


「あはは、盤をひっくり返す? 何言ってんの?」


 王都の至る所から火の手が上がっていた。


「あれ? 思ったよりも燃えてるなぁ。意外と国王派は多かったんだね」


「なんだ? 何をした小僧!? なぜ王都が燃えている!?」


「安心しなよ。燃えている家は、僕のお願いを聞かなかった悪い家だから。あぁ、王様にとっては良くないことか」


 拡大された映像には、中年の男を従えている血まみれのメイドが映っていた。




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 ──バァァァンッ!


 大きな音がなったと思えば、男の顔が消し飛ぶ。


「じゃ、ジャヒー殿!? 流石に今のは早急過ぎたのでは!?」


 トーマスは慌てて声を上げるが、当の本人は全く意に介してないようだった。


「安心してくださいトーマス様。この家がこちら側になびかないことは、既に配属された奴隷から聴取がとれています。だからこれは、ただの形式的なものです」


 そして、ジャヒーは残る女に質問する。


「次はあなたの番です。アンリ様に、アーリマン・ザラシュトラ様に忠誠を誓いますか?」


 先ほど主人を亡くしたばかりだというのに、問われた女は生き残るため、懸命に返事をしようとする。


「は、はい……私は──」


 ──ドバァァァンッ!


 しかし、言い終わる前にその頭は吹き飛んでいた。


「あぁ!? じゃ、ジャヒー殿!? 今の奥方はアンリ様に忠誠を誓ったのでは!?」


「駄目ですよトーマス様。彼女の死相は拭えませんでした。口先だけの言葉なのでしょう。後でアンリ様のお手を煩わせるより、ここで処分したほうがいいと判断しました」


「な、成る程……」


 ジャヒーの言い分にトーマスは納得してしまう。

 ジャヒーと行動を共にすることが多くなり、彼の倫理観もまた崩壊してきたのだろう。


「さて、この家の後始末はこの家の奴隷に任せましょう。次は南の区間です。急ぎましょうトーマス様。北区と東区は既に奴隷達による制圧が完了していますが、南区は少し手間がかかるかもしれません」


 歩み始めるジャヒーに、トーマスも追随する。


「申し訳ない……南区には私の知り合いが少なくて……あまり王の奴隷を浸透できなかった……」


「言い訳は結構ですトーマス様。あなたの存在価値を、結果で示しなさい」


「あぁ、勿論。全ては王のために」




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「王都が……余の国が……」


 自分の国の勢力図が明確に色を変えていく様を見て、マズダールは愕然とする。


 アンリはこれまで、自身の奴隷のシェア率を高めることに奮起していた。

 勿論お金儲けという目的もあるが、真の目的は別にあった。


 アンリは元々、出世欲は高いほうだ。

 前世でも、最終目標として社長を目指していたぐらいには。

 そして、今世になればその目標は変わる。

 王である。


 ただ王になるといっても、戦闘力が高いだけでは難しいだろう。

 単純に既存の王の首をとるだけでは、それこそ民に信頼されない裸の王になってしまうかもしれない。


 民に信頼される王になりたい。

 謀反のない国を目指したい。

 そこでアンリが考えたのは、反乱分子の徹底的排除である。


 アフラシアデビルや魔法を使っての監視もいいが、その方法では監視だけで終わってしまう。

 だが、高い戦闘能力を持った使用人や奴隷を全ての家に送り込むことができれば、監視に加え即座に粛清も可能なため、アンリの理想の国は出来上がる。

 そのための奴隷の浸透は、ジャヒーとトーマスの努力もあり順調に拡大していた。


 マズダールに向かい、アンリはトドメの言葉を突きつける。


「僕がしたいのはボードゲームなんかじゃない、革命だよ」


 その言葉を聞いたマズダールは、ゆっくりと玉座に座り深呼吸をした。


「あはは、でも一番はあんたの命だ。僕は傲慢を手に入れて、永遠になるんだ!」


「ふむ……少し貴様を甘く見ていたのかもしれんな……くく、まぁよい、痛み分けというやつかな……」


 何かを悟ったのか、マズダールの声はとても落ち着いたものだった。


(このじじぃ、ここまでされても余裕があるな…………)


 ここまで入念にアンリが準備をし、マズダールだけでなくアフラシア王国と戦ったのには、理由がある。


「マスター、マズダールに備わった”傲慢”の能力が消失した形跡はありません。作戦は失敗のようです」


「そんなこと、骸骨が動いてるの見たら分かるよメルキオール……」


 アンリはこれまでに集めた情報をもとに、”傲慢”の大罪人に勝つ方法を考えていた。

 それは”傲慢”だけでなく、大罪人相手に勝つ方法と言ってもいいかもしれない。


 大罪人に選定される時、それぞれの大罪の種類に応じて、強い感情を伴うのが常だ。

 逆に、その感情が無くなった時、大罪の能力が消えたという事例も過去確認されていた。


 つまり、”傲慢”の大罪人相手であれば、相手の鼻っ柱を折ってやればいいと考えたのだ。

 たまたまではあるが、元々アフラシア王国を手に入れるために奴隷を浸透させていたため、これを機に革命を成功させれば、マズダールの傲慢な態度は無くなると思っていた。

 しかし、こんな状態であっても、マズダールは傲慢な態度を崩さない。


 マズダールが傲慢であること。

 それは、単に王だからというわけではないようだった。

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