145 動揺

(え? あの首は……俺!? う、嘘だろ……)


 教会の光景を見ていたアンリは、大きく動揺していた。

 ひたすら自分の生首に祈りを捧げている妹は、アンリの目からも異様に映ったのだ。


(作ったのか……? いや、いくら何でもリアルすぎる……本物……? あ、あの時行方不明になってたやつか!?)


 動揺したのはアンリだけではない。

 マズダールもまたアンリと同じぐらい、いや、アンリ以上に動揺していた。


「な、なんだあれは!? 余が誇る最強の駒が……」


 マズダールが誇っていたパーティーは、いきなり仲間割れを始めた。

 3人の男はイザベラの服を強引に剥ぎ取り、怪しげな装置に押し込んだのだ。

 それだけならまだいい。

 ありえない事ではあるが、何か破格の条件を提示されて裏切ったのだろうと、まだ納得できる。


 しかし、その後の光景はマズダールの理解を超えていた。

 3人の男は生首に祈りを捧げた後、自ら全裸になり怪しげな装置に入っていったのだ。

 男3人が全裸で正座待機している光景を理解できる者などいないだろう。


 初めてマズダールが動揺したのを見て、アンリはこれをチャンスとばかりに挑発を行う。


「ぷぷっ、あれが最強の人達? さっすが王様、いい部下を持っているね。いや、今回は彼らに同情するべきかな。”色欲”の能力を持っているシュマ相手に男を派遣したんだから。いやぁ、無能な上司を持って可哀そうだなぁ」


 その言葉は癪に障ったようで、マズダールは激昂する。

 映像の中で、シュマがミキサーのスイッチを押したことも、感情を高ぶらせた要因の一つだろう。


「”色欲”だと!? なんだあれは!? あれも服従の能力か!? いや、それにしても度を過ぎておる! 相手の死に直結する命令までできるなど、卑怯ではないか!!」


 マズダールの叫びは、アンリに疑問を生じさせた。


「お、落ち着け……確かに強い。強すぎる能力だが、傲慢の余には意味がない。やはり、傲慢が最強なことにはかわりない……」


 呟いているマズダールを見ながらアンリは考える。


 マズダールは"大罪人システム"を創ったと言っていた。

 ならば、当然全ての大罪の能力を把握しているはずだ。


 だが、マズダールの反応を見ると、とても"色欲"の能力を知っていたとは思えない。

 そこで、アンリは一つの仮説を立てる。


「あはは、そうか! あんたは嘘をついてたんだ! "大罪人システム"を創った!? とんだホラ吹きじじぃだね!」


 急に大声を上げて笑いだしたアンリとは対照的に、マズダールの顔には骸骨といえど怒りが見える。


「嘘……? 余が嘘つきだと? どこまでも不敬な小僧よ……誰か! この糞ガキを摘まみ出せ!」


 マズダールは大声を上げるも、玉座の間にやってくる者はいなかった。


「なぜ来ない! 余は王であるぞ! 余の命令は全てにおいて優先せよ!」


 自分の思い通りにならないことに、マズダールは歯噛みする。

 玉座の間は人払いしているとはいえ、扉の近くに待機しているはずの者達が来ないことは、マズダールからしてみれば異常事態だった。


「あはは、どうしたの? 助っ人でも来るはずだった? 誰もこないけど……まるで裸の王様だね。ねぇ、今どんな気持ち?」


 だがアンリからすれば、誰も来ないのは当然だった。


「貴様……何をした」


 マズタールが怒れば怒るほど、アンリは上機嫌になっていく。


「あはは、僕は何も。仕方ないなぁ……今度は僕が見せて上げるよ。『<投影プロジェクション>』」


 アンリの魔法により、マズダールの眼前に映像が広がる。

 マズダールの魔法具よりも鮮明に映ったその場所は、玉座の間の入り口だ。


「あやつらは……」


 だが入り口を守っているのは、王の兵隊ではない。

 美しい銀髪に褐色肌のダークエルフと、輝くほどの金髪をなびかせた獣人族だった。

 共にとんでもなく美形ではあるのだが、映る映像からは恐怖が先行してしまう。


「Sランク冒険者……"閃光のカスパール"と"金色のベアトリクス"か……」


 部屋に入ろうとした者を皆殺しにしているのだ。


「不甲斐ない……たったの二名を相手に遅れをとっておるとは……」


 血の海と化している光景を見て、マズダールは歯軋りをするのだった。

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