144 教会の日常

(……アルマさんってあんな変な人だったっけ? いつもは猫をかぶっていたのかな……)


 ゴールドリームを映す映像を見ながら、アンリは内心引いていた。

 アンリがアルマに対して持っていた印象は、大人なお姉さんだ。

 いきなりゴールドリームの責任者を任されたせいで、最初こそ要領が悪かったものの、徐々に改善され今では立派な管理者になっている。

 知的な印象さえ受けるアルマが、激しい怒りを露わにして男を拷問している光景は、アンリにとっては新鮮だったのだ。


「なるほど……あれだけの施設だ。流石に防衛システムは万全か。あちらの神童も想定以上だ……魔眼は無くなったと聞いていたが……ふむ、まぁよい」


 二つ目の襲撃を防がれたというのに、マズダールにはまだ余裕が見える。


「あはは、王様が誇る精鋭ねぇ……あれが精鋭だとすれば、障害になりそうな要因はなさそうだね」


「ほざけ。国王直下飛行部隊アフラシア・スコードロンなどただの駒の一つでしかないわ。さて、貴様にとって一番大切な者は誰かな?」


 いきなりの質問に、アンリは首を傾げる。


(一番大切なのはそりゃ自分だけど……)


 意図を理解できないアンリに、マズダールは言葉を続ける。


「くく、双子である貴様にとって、妹は言わば半身のようなものではないのか?」


 マズダールが指さした先には、教会が映っている。


「あはは、そういうこと? 確かに大事だけど、心配はしてないかなぁ」


「ふん、国王直下飛行部隊アフラシア・スコードロンを打ち破ったので楽観視しておるな? 教会に貴様の大事な妹がいるのは分かっておる。当然、余の保有する最強戦力を充てるのも教会よ」


 教会を攻める者は、これまでの進軍と違いたった4人しかいなかった。

 その少ない人数でよしとしたのは、国王が全幅の信頼を寄せているからだろう。


「あれは元々はSランク冒険者のパーティーの中でも、最強と称されていた者たちよ。余もあれの強さを気に入ってな。今では忠実な部下になっておる。国宝とまで言われた武具を与え、特別に訓練までしておるのだ。品性までは身につかなかったが、今の戦闘力はそこらのSランクの比ではないわ。貴様の妹も神童と呼ばれているようだが、流石にあれらとはレベルが違う」


 アンリもマズダールも、教会に居る人物に絶対の信頼を寄せている。

 二人は大人しく、事の成り行きを見守るのだった。



--------------



「異教徒めぇぇ!!」

「神に祈りをぉぉぉぉ!!」


 突如襲撃してきた4人組に、教会の信者達は襲い掛かる。


「邪魔だ雑魚ども」


 だが信者達は、4人組にとっては何の障害にもなっていなかった。

 すでに100人は信者が犠牲となっている。

 多大な犠牲を払っても、足止めできた時間は皆無に等しかった。


 先頭を歩くリーダーの男は、剣の達人として高名だった。

 剣術だけであれば、最強と称されるディランにも並ぶほどの人物だ。

 その剣筋を視認できた者はおらず、信者達は全てが一刀のもとに切り捨てられていた。


「ははっ! 国王様は警戒していたが、流石に弱すぎるんじゃねぇの!?」

「気を抜くな。奥にいるのはSランク冒険者、それも”狂姫”の二つ名を持った女だ。一人といえど、少女といえど、決して侮るなよ。俺たちに負けは許されない」

「とか言いつつ、強いやつと戦えるんで嬉しそうじゃねぇか! "剣聖"の本気、久々に出せるといいな」


 最奥の部屋に辿り着くまでに多くの信者と戦闘になったが、4人組に疲労の色は全く見えない。

 それは、戦闘というよりも処理に近かった。




 いざ最奥の部屋に辿り着いた時、4人組に見えたのは困惑の色だった。


「本日も、私を生かして頂いて、ありがとうございます」


 最奥の部屋にいたのは、あらかじめ聞いていた通りの小さな少女だった。


「あなた様は私の光です。あなた様は私の希望です。あなた様は私の全てです」


 その人物は、己が信じている神に祈りを捧げている。

 膝をつき両手を合わせている姿は、さぞ敬虔けいけんな使徒に見えただろう。


「私の全てはあなた様のためにあります。あなた様は私の全てです」


 だがそれは、祈りの対象がまともなご神体であったらの話だ。

 目の前で小さな少女が、ひたすら男の生首に祈りを捧げている光景は、なんとも異様であった。


「これからも永遠に永遠をお願いします」


 即刻首を刎ねようと思っていたリーダーも、思わず足を止めてしまう。

 強い冒険者と戦えるはずが、とんだ魔女狩りであったことを知り、少し興を削がれたようだ。


「ふん、”狂姫”の二つ名通りか。とんだ狂人のようだな」

「まぁあぁ、強ぇことには変わりはないんじゃねえか?」

「見てくれは小さな少女。可哀そうですが、4人で一気に勝負決めましょう」


 4人組が戦闘態勢をとるなか、シュマは振り返りもせず言葉を放つ。


「うふふ、あなたたち、とんでもなく不敬だわ。さぁ、早く神様に祈りを捧げなさい。祈りを捧げた後は、そこのミキサーに入るのよ。あぁ、スイッチは私が押してあげるから、安心なさい。『<全自動回復魔法フルオート・リジェネ>』」


 4人組の中で、唯一の女であったイザベラはギョッとする。

 突如、仲間の3人が跪き、生首に向かって祈りだしたのだ。


「あ、あんた達、何してんの!?」


 その声を聞いたシュマは、祈りを止めて振り返る。

 初めて4人組を視界に入れると、嬉しそうに声をかけた。


「うふふ、あぁ、女の子もいたのね。あなた達、まずはそこの女の子をミキサーの中に入れなさい。金属も一緒に入れちゃうとミキサーの刃が欠けちゃうから、身に着けている物は外しておいて頂戴ね」


 シュマの命令を聞いた3人は、祈りを中断しイザベラに詰め寄る。

 その顔を見れば、正気を失っていることは明白だ。


「ちょ、ちょっと! 冗談にしても、あんたら! ちょっとぉぉぉぉ!!」


 ”色欲”の能力により強化された3人が相手では、イザベラの抵抗は無意味だった。


「止めて! 止めろ! 止めろぉぉぉぉぉ!!」


 再び祈り始めたシュマの耳には、イザベラの悲鳴はまるで聞こえていない。

 今日も平和に一日を過ごせることに、ただただ感謝を捧げていた。

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