143 夢の島防衛戦
アフラシア大陸の西端から、アンリが経営する夢の島に向けて移動している部隊がいた。
「あれが夢の島か……聞いてた通り煌びやかなものだな。だが、それも今夜限りだ。その名前の通り、夢のようにかき消してやるか」
マズダールが誇る凡そ1,000人の
指示を見た者が再度後ろにハンドサインをだすことにより、その指示は全体へ共有される。
空中だというのに一糸乱れぬ動きで飛行している集団は、まるで一つの魔物のようにも見えた。
「美人揃いの店員と聞くが……規律の乱れが心配だな……。いや、どうせ全員殺すんだ。多少は多めに見てやるか……くくっ、俺も久々に楽しむとするかな」
彼らが受けた命令は夢の島の者達を皆殺しにすること。
その過程において全ての裁量を与えられている隊長は、欲望から笑みがを浮かべる。
「くくっ、さぁ、楽しい楽しい狩りのじか──んん?」
今にも夢の島へたどり着くという所で、島の外周にあたる海が青白く光りだす。
何らかの魔方陣が作動したのだろう。
しかし、それは無意味だった。
「ああぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
突如、隊長の後ろから悲鳴が上がる。
至る所から悲鳴が上がるが、悲鳴を上げた者は皆海へ落ちていく。
「こ、これは!?」
その理由を、隊長は身をもって知ることとなる。
「魔法が使えん!? まずい!! 高度を落とせ!!」
夢の島の外周に張り巡らされた魔方陣。
それは、かつて闘技大会でガウェインが使用した、魔法使い殺しの術式に近いものだ。
「ありえんんん! 落ちるぅぅぅ!!」
隊長からすれば、それは考えられないことだった。
憲兵騎士団期待の星と言われたガウェインですら、ステージ上の術式を起動するだけでほぼ全ての魔力を費やしていた。
それが、島の外周を全てカバーし、空を飛び距離が離れていても十分に効力を発揮し、更には起動者がおらず自動で発動するなど、実際に自分が経験しないと信じられないだろう。
1,000人の
いくら海といえど、高所から落ちればただではすまない。
高度を落としそびれていた者は、地面よりも固くなった水面に衝突しそこで即死する。
危険にいち早く気づき、高度を落としていた者は海に沈む。
そこで待ち受けていたのは絶望だった。
「痛いぃぃぃ! 誰かぁぁぁぁ!!」
「あぁぁぁぁぁぁ! 喰われるぅぅぅぅ!!」
夢の島の外周には、ハンガードラドというBランクの魔物が大量に放し飼いされている。
ピラニアに似た魚の魔物であるハンガードラドの好物は人肉だ。
普段は死体を食べているハンガードラドだが、大量に投下された新鮮な肉に興奮しているようだ。
「助けっ! たす……」
「あぁ……ぁ……」
魔法陣が作動しているため、
多少腕っぷしが強かったとしても、海の中で人間が魔物に勝てる道理はないだろう。
一人、また一人と数の暴力により肉体が消え失せていく。
「おおおおおぉぉぉ!!」
それでも皆、上陸を目指す。
「俺に続けぇぇぇぇえ! 生きろぉぉぉぉ!」
部隊を率いる使命からか、火事場の馬鹿力というものか、泳ぎが苦手な隊長ではあるが一番に岸にたどり着いた。
「はぁ……はぁ……助かった……」
少し落ち着いてから周りを見渡せば、1,000人いた部下達は1割も残っていなかった。
夜だというのに赤く染まっているのが分かるほど死臭に満ちた海を見て、部隊の者たちは愕然とする。
たった今起こった悪夢をまだ信じられない隊長に、女性の声が届いた。
「ふふふ、なぜここに来る者たちが例外なく飛空艇やドラゴンを利用しているのか、何も疑問に思わなかったのですか? しかし、思っていたよりも残っているのです。意外でしたね。あなたたちは魔法ではなく、水泳の訓練でもしていたのですか?」
声の主は目の下に大きなクマができた美女だった。
サーベルラビットに扮しているかのような衣装を身につけた女の登場に、隊員たちは怪訝な視線を向ける。
「残ったのは……100人といったところでしょうか。喜ぶのですよ、貴方たちはこれから一生、神のために生きることができるのですから。ふふ、良かった……ミキサー役が多ければそれだけ私のリスクは減るのですよ」
言葉の意味は分からないが、それでも女を敵だと判断するには充分だったようだ。
(魔法は……よし)
自身の体を循環している魔力の流れを感じながら、隊長は声を上げる。
「海上では遅れをとったが、魔法が使えるここでなら! ただでは殺さんぞ! 覚悟は出来ているのだろうなぁ!」
仲間を失った怒りから、複数の殺意が女を襲う。
それだけで殺されそうな視線を浴びているが、余裕の表情を浮かべている女を見て、隊長は疑問に思う。
「お前、まさか俺達に勝てると思っているのか? 俺達は誇りある
その言葉に、ついに女は笑いだした。
「ふふ、ふふふふ、あははははは! 勿論、勿論勿論! 勿論、私などが一人で勝てるとは思っていないのですよ! だから、今日は、神が! 神様が! 強力な助っ人を用意してくれたのですよ!」
助っ人という言葉に反応し、隊員達は周囲を見回すが何も見つけられない。
「あぁ、神よ! なんとお優しい方なのでしょう! 私のような卑しい女に、ここまでの慈悲を頂けるとは! 感謝を! 神に感謝を!! さぁ、貴方達も! 神に祈りなさい!」
気が触れたかのように叫びだした女に、隊長は半ば同情しながら声をかける。
「ふん、狂人め。助っ人などいないではないか。時間の無駄だ、さっさと狩りを始めるか」
部隊が足を進めようとした時、目の前から声がかかる。
「……助っ人はボクだ」
不可視の魔法を解いたアシャに、全員が注目する。
全員がアシャの金色に光る眼を見てしまったのだ。
「ぐぅ……魔眼……か、体が……」
距離が離れているとはいえ、耐性の低い者は意識を失い倒れていく。
倒れはしないまでも異常な体の重さを感じた隊長は、このままでは分が悪いと感じた。
「ま、まて! 俺も毎日神に祈っているんだ! 感謝を捧げよう! 俺達は同士だ!」
藁を掴む思いではあるが、隊長は和解を訴える。
先ほどは不意打ちで魔眼を見てしまったが、魔眼持ちと知っていればいくらでも戦いようがある。
和解が成功しないまでも、どこかのタイミングで魔眼の効果が切れさえすれば、十分に勝利可能だと考えたからだ。
「まぁ!! それは素晴らしいのです! 大丈夫、この島にもちゃんと礼拝堂代わりの建物は作ってあるのです。ご案内します。皆さんで神に祈りましょう!!」
簡単に敵対心が無くなった女を見て、隊長は内心ほくそ笑みながら同意する。
「あぁ、それはありがたい。我らの神、スプンタ様に感謝を。それで、そろそろ魔眼を解除し──」
──ぐしゃっ──
「──がぁぁぁ!?」
隊長の顔を、女は両手で握りしめる。
自身の限界を超えた力で握りしめており、その爪が隊長の顔に埋もれ血が流れている。
親指で右目を潰された隊長の左目には、鬼の形相になった女が映っていた。
「……スプンタ? スプンタァ!? スブンダァァァァ!!? 何をほざいているこの異教徒がぁぁ! あんな偽物を信じているのですか!? ありえない、ありえないのです! ありえないぃぃ!!」
「……お姉ちゃん、気持ちは分かるけど、ほどほどに。その人たちはミキサーにしないと」
「分かっている、分かっているのですよアシャさん! しかし、こいつは、この異教徒はぁぁ!! そ、そうだ! 異端審問ゲームを始めましょう!!」
ゲームとはいいつつ拷問器具を用意しだした女を前に、隊長は自分が何かの地雷を踏んだことを知るのだった。
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