142 パンヴェニオン防衛戦2

「くっくっく……弱い、弱すぎる! 人間はなんて可哀想な生き物だっ!」


 アフラシア軍の右翼にて、空を飛ぶアルバートが放つ魔法の衝撃により、兵達は宙を舞う。

 飛行魔法によりアルバートに肉薄した兵もいるが、アルバートの手により物理的に弾かれる。


 アルバートがアンリに改造してもらった部分は翼だけではない。

 その右腕も禍々しい大蛇の姿に変貌しており、人間を五人はまとめて呑み込むことが可能だろう。


 遠距離攻撃を華麗に避け、なんとか近づいた兵の近距離攻撃を強引にいなし、一方的に魔法による攻撃を浴びせている。

 さながら負けイベントのボスのような立ち回りをしているアルバート一人により、アフラシア軍の右翼は目に見えてその数を減らしていった。



 人数を減らしているのは右翼だけではない。


「どうしたゴミども! 精々いい声で鳴いてみろ! それが貴様らにできる、唯一の貢献方法だ! 全ては元帥様のためにっ!」


 左翼では暴力の嵐が具現化していた。

 人間離れしたスピードで地を駆けるジューサは、その12本の腕全てに獲物を握っている。

 剣、斧、槍、鎌、槌、フレイル等その種類は様々だが、銃やボウガンも含めて全てが真っ赤な血に濡れていた。


 ジューサはアンリの会心の傑作だった。

 元々は微々たる魔力しか持たない奴隷であったため、魔力刻印の付与は諦めていた。

 しかし、スクロール技術の応用と長年の研究の成果により、今のジューサにはシュマと同様体中に刻印が刻まれている。


 ──ドクンッ、ドドクンッ、ドグッドグンッ


 ジューサの体には第二の心臓として、魔石が埋め込まれている。

 魔石に定期的に魔力を込めることで、擬似的に魔力の使用を可能にしていた。


「熱い! 体が熱いぃぃ! 感じる! 元帥様の愛を感じるぅ!」


 だがそれには多大な副作用があり、ジューサの体は激痛に蝕まれる。

 人間よりも魔物に近くなったジューサは、副作用によりいつ死んでもおかしくない。

 しかし、その結果自体はアンリに貴重なデータを提供できるため、もし死んだとしてもジューサは本望に思うだろう。


「この、化け物めぇぇぇ──がはっ!?」


 12本の腕をなんとか掻い潜り攻撃しようとした者は、例外なく血を吐き倒れていく。

 アフラシア軍の中でジューサの13本目の腕が見える者はいない。

 ならば当然、ジューサを止められる者もいないのであった。


「喜べゴミどもぉ! 貴様らにはこの後、ジュースになるという重大な使命が待っているぞぉぉ!」


 暴力の嵐は続く。

 ジューサが叫ぶ言葉の意味がもし分かっていたのなら、手足を斬られた兵士達は自決を選んでいただろう。




「ふはははは! どうしたどうした!? 少しは我と遊んではくれぬのか?」


 突如現れた禍々しい神竜により、アフラシア軍の中央はパニックになっていた。

 最初こそ魔法による攻撃を試みたが、全く効果が無いことを早々に悟った者達は逃亡を図っている。


「ふはははは! どこに逃げようというのだ? 貴様らが逃げるには、死ぬしかないというのに。さぁ、喰らうがいい!」


 逃亡を図った者を中心に、赤く輝くブレスが襲う。

 アジ・ダハーカの左首は苦悩を体現している。

 そのブレスを受けた者は、死ぬことは許されない。

 アジ・ダハーカの気が済むまで、彼らは苦しみ悶え狂う。


「ふはははは! 絶望に染まれ! それが我にとって、この上ない香辛料よ!」


 アフラシア王国の精鋭達は、アジ・ダハーカにとって餌以外の何者でもなかった。



---------



「あれが噂に聞く神竜か……なんともおぞましい成りをしている……どうやら悪神のようだな……」


 マズダールは壁に映る光景を見て言葉をこぼす。


(ダハーグ、前に見たときより醜悪……って言ったら拗ねるか。格好良くなってないか……?)


 "暴食"事件の時よりも、更に禍々しくなった竜の姿を見てアンリは疑問に思う。


(最近魔界にずっといたけど、何してたんだ……? っと、それよりも)


 アンリはマズダールの様子を探る。


「成る程……確かに強い……次は竜の姿になるのも一興かもしれん」


 学院の生徒を人質にするといった企みが潰されたというのに、冷静に映像を見ているマズタールにアンリは声をかける。


「あはは、随分余裕そうじゃない。精鋭と言ってた割に、僕の仲間に手も足も出てないようだけど」


「ふん、それぐらいの戦力を保有しておることは予測済よ。だがな、王であるわしと、ただの子供である貴様とでは、その数に差があるわ。教えてやろう、戦いとは数であるということを。見よ」


 マズダールが指さしたのは、学院が映っているものとは違う映像だ。

 そこには、海を挟んで夢の島を見据えている兵達がいる。


「くっくっく、こやつらは国王直下飛行部隊アフラシア・スコードロン。全員が飛行魔法の達人という、余が誇る精鋭部隊よ。離島に構え安全と思うたか? 貴様が大事にしている物が壊れていく様を見ているのだな」


 一斉に飛び立つ1,000人規模の部隊を見て、マズダールはほくそ笑むのであった。

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