141 パンヴェニオン防衛戦1
「学院長! あいつら、全員が武装しています! い、一体何が……」
マズダールが派遣した兵は、魔法学院パンヴェニオンの目前まで迫っていた。
あまりにも突然の光景に、生徒は勿論教師たちもパニックになっている。
「ここも巻き込まれたか……いや、仕方ない。王と戦うとはこういうことじゃ……」
予期していたのか、学院長の顔にはどこか諦めが見える。
「アンリは……それでも戦うじゃろうな……わしらを人質にとられて諦めるほど、まともなやつでもないし……」
学院長は覚悟を決める。
「皆聞け。奴らはこの学院の人間を皆殺しにするつもりじゃ……せめて最後までは戦って抗うとするかのう」
その言葉に、教師陣はぎょっとして学院長を見る。
「た、戦う!? あんな数の兵士たちと!? 逃げましょう学院長! 生徒たちの安全が第一です!」
「ふぉっふぉ……逃げる? 逃げる場所なんてないわい。ここへの攻撃はアフラシア国王の命令ぞ。あぁ、アンリが開発していた飛空艇があれば、生徒全員を乗せて大陸外へも逃げられるがのう」
アフラシア王の命令。
つまり、アフラシア大陸にいる限り、逃げる先が無いことを知った者たちは愕然とする。
「な、何かの間違いではないのですか? 学院の子供達は国の宝です……学院が滅びることは、アフラシア王国にとってマイナスでしかない……のに」
「お主は歴史の授業を担当しておるのじゃろ? では、分かっておるじゃろ。これは王命じゃ」
普通、王とは国の繁栄を望むものだ。
しかし、アフラシアにおいてはその限りではない。
長い歴史の中で、アフラシア国王は気に食わないことがあれば、躊躇なく破壊と粛清を行ってきた。
長い期間同一の王が実権を握っていてもアフラシア王国の繁栄がそこまで進まないのは、国王の思慮が無いとも思える非道な行いのせいかもしれない。
「し、しかし、戦うといっても……」
パンヴェニオンはあくまで学院だ。
優秀な人材が多いとはいえ、実際の戦いを経験した者など一割にも満たない。
戦力には全く期待できそうもない一年生を含めたとしても、向かってきている兵数は倍以上離れており、その勝敗は火を見るより明らかだろう。
そのことは幼い生徒でも分かっている。
戦いの準備を始めるも、その士気は酷いものだった。
「うぅ……なんで……」
「お母さん……助けてぇぇ」
「間違いだ……これは何かの間違いだ……」
実戦を経験したことのない生徒たちは、皆絶望を顔に浮かべている。
過去ウラジーミルや”さん”と命のやり取りをしたフォルテとテレサでさえも、勝てるはずのない戦いを前に顔を青くしていた。
テレサは震えながらペンダントを握りしめている。
なんとかテレサに笑顔になってほしいフォルテは、無理やり笑いながら話しかける。
「だ、大丈夫だテレサ! あんなやつら、俺と剛君が蹴散らしてやる!」
「ひっ!? ぁ……フォルテ……? う、うん……大丈夫……大丈夫よ」
明るく努めたフォルテだが、テレサは過剰に反応する。
過去、”さん”の思うがままに殴られ続けたテレサは、男に対して強い恐怖感を感じてしまうようになっていた。
フォルテは子供ではあるが、それでも少しだけ苦手意識ができてしまったようだ。
怯えるテレサを見て、フォルテは歯を食いしばる。
(俺に……俺に力があれば……いや、無いものねだりは止めだ! 俺がテレサを守るんだ! ……え?)
フォルテはテレサが握っているペンダントに気づき驚く。
テレサが震えながら握っているそれは、確かに一つ目の形をしていた。
ブツブツと何かを呟くテレサに声をかけようとした時、学院長から号令がかかる。
「皆の者! 始まるぞ! こんなことにお主ら子供たちまで巻き込み、この世界の先人として、この学院の長として申し訳なく思う……だが……勝とう。勝って、生き延びよ。これがわしの最期の授業と思え」
今から死にに行くことに、生徒は恐怖する。
生徒を守れないことに、教師は涙を流す。
僅かでも生き残る可能性を上げるため、皆が攻撃魔法の詠唱を行おうと思ったとき──
「くっくっく……学院長、我輩が助けてやろうか?」
──思いもよらない人物から声がかかった。
「リスクをあれだけ嫌っていたお前が、このような負け戦を受け入れるとは……理解できない。教えろ学院長。お前は今何を考えている。まさか、この貧弱なガキ共が勝利するとでも思っているのか?」
「ぁ……アルバート……なのか? 生きておったのか……?」
”暴食”の事件で亡くなったはずのアルバートだ。
「くっくっく……我輩は死んだよ学院長。死んで生まれ変わった……いや、死んだままなのかもしれない。我輩は確かに死んだ。しかし、新たに生まれたということは無かったからな。ならば、我輩は今も死んでいる。今も死体なのだ。あぁ、これはなんと素晴らしいことか」
「アルバート……いや、今はお主と話している場合ではない。戦わねば──」
「──任せておけ学院長。なに、我輩としては皆で死体となればこれ以上ないハッピーエンドだと思うのだがな。どうにも我輩の主はそれを望んでいないらしい。可能な限りお前たちを守れと命令してきてな。いや、第一優先は研究棟を守ることではあるが」
アルバートは進軍する兵に向かって歩き出す。
一人で万の兵に立ち向かう姿は、学院側にとってもアフラシア軍にとっても異様に映っただろう。
「戻れアルバート! お主に戦闘は無理じゃ!」
「くっくっく……ならば代わりに頼もしい援軍を呼ばせてもらおうか」
アルバートは脇に抱えていたレポート用紙を捲る。
「これはな、アンリが作成した魔法陣を記載したものだ。原理としては
アルバートの正面に黒い渦が発生する。
その渦から出てきた者は、異形の化け物だった。
「お、おぉ!? こんなに!? こんなに数が多いのですか!?」
左右に6対、計12本の腕が生えた人型の化け物は、アフラシア軍を見て驚き声をあげる。
「これは……夢のようですな!! 部屋数が圧倒的に足りない! 保管部屋を早急に増築しなければ!! 全ては元帥様のために!!」
その驚きは、嬉しさからくるものだった。
「悪魔……? アルバート、お主、道を違えたか……」
ジューサの姿を見た学院長は、まさかそれが人間だとは思えなかったようだ。
悪魔と取引をしたと思い、アルバートを糾弾する。
「くっくっく……これが悪魔? なかなか面白いことを言う。では、我輩も悪魔になるのか?」
アルバートの背中から、アフラシアデビルの翼が生える。
これはどうしてもとアンリにお願いし付けてもらったものだ。
アルバートの元々の体は滅びており、今の体は人形のような物だ。
翼を取り付けるぐらいであれば、朝飯前に作るプラモデルよりも簡単な作業だった。
「あ、アルバート……お主らは……一体」
学院長を無視し、アルバートは宣言する。
「さて、そろそろ始めるか。我輩は右翼を担当する。生に囚われた愚かな者共を救ってやろう。くっくっく……喜べ、貴様らの輝かしい未来はここから始まる」
「自分は左翼を担当します! 全ては元帥様のために! あぁ、お前たちはなんと幸運な者たちだ……これから一生、元帥様に貢献できるのだからな!」
アルバートが飛び立ち、ジューサが駆け出す。
残ったのは、いつからそこにいたのか、小さなスライムだった。
「ふはははは! では真ん中の餌をいただくとしようか! 控えろ雑魚ども、我はアジ・ダハーカ! 死を司る神であるぞ!」
スライムの姿が変貌していくのを見て、アフラシアの兵達は自身の死を悟ったのであった。
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