140 大切なもの
マズダールが”大罪人システム”を作った。
何を馬鹿なと思ったが、アンリは考える。
”始まりのダンジョン”の最深部でAIから聞いた話では”大罪人”はバグで生まれたものであり、AIが嘘をついたとはとても思えない。
アンリが少し混乱していると、
「マスター。確証は無いのですがこの人物、もしかしたらワタシは知っているかもしれません……骨格も声色も一致していませんが、ワタシのゴーストが囁く……いや、すみません、ワタシの中の何かが感じているのです」
その言葉を受け、アンリは一つの推測を立てる。
過去、進みすぎた技術により滅びの道を辿っていた世界を救うべく、一人の男がAIに世界の改変命令を出した。
AIはバグと言っていたが、世界改変の際にAIに気づかれずにシステムに手を加え”大罪システム”を造ったのではないか。
そして、そんなことができる人物は一人しかいない。
「あはは、なるほど……世界の改変をAIに命令したのはあんただったのか、マズダール・アフラシア」
これに驚いたのはマズダールだ。
震える指先をアンリに向ける。
骸骨の姿をしており分からないが、大きく動揺しているのだろう。
「貴様……なぜ世界改変を知っている……そしてその一つ目……その声は……まさか最深部に……?」
動揺しているマズダールではあるが、アンリも同じく動揺していた。
(こいつが”大罪人システム”を造ったのなら……それこそ無理ゲーじゃないかっ!)
この世界に蔓延る魔法は確かに奇跡と言って差し付けないが、ぎりぎりアンリの理解は追い付いていた。
だが、”大罪人”の能力に関しては一切の理解が及ばない。
そして、アンリが知っている”大罪人”の能力は、そのどれもが普通の魔法だけでは太刀打ちできない強力すぎるものだ。
目の前の男がアンリでは到底造れない”大罪人システム”を造り、且つそのシステムを熟知しているのであれば、勝機は薄いと思えたのだ。
お互いが相手を脅威と感じている中、先にカードを切ったのはマズダールだった。
「教えろ小僧。貴様の情報はどこから得たものだ。その動く本は何だ」
「あ、あはは、教えると思う? 人に聞くまえに、まずは自分でマニュアルを見ろって新人の時に教わらなかった?」
「貴様……ふん、これを見てもそのような口がきけるか見物だな」
マズダールは部屋にある魔法具を起動する。
その魔法具から光が放たれ、部屋の壁に映像が灯る。
(うん? これは……学院?)
部屋の壁に大きく映し出された場所は、間違いなく魔法学院パンヴェニオンだった。
「くく、貴様もここの生徒であろう? わしの質問に答えるのであればそれでよし。それが出来ぬ場合、貴様の友人達は無惨な死を迎えるだろうな。さて、もう一度聞こうか。貴様の知識は何処からきたものだ?」
映像には、学院に向かう兵士達の姿が見える。
その兵数は膨大で、万は優に超えているだろう。
「えぇ……自分の国なのにこんなことしちゃうの? 一応あんた、王様だよね? 自国民とかどうでもいい感じ? 優秀な子供たちがいなくなると国が困るじゃないか」
「くく、王あっての国よ。ほれ、焦るのはいいが、早く答えた方がいいのではないか? でないと、貴様の大切なものが全て壊れてしまうぞ? ほれほれ」
複数の魔法具が起動し、他の場所も映し出す。
アンリが通う魔法学院パンヴェニオン。
アンリが経営しているゴールドリーム。
シュマの持ち物ではあるが、今ではアンリを崇拝している聖教会。
多少はアンリのことを調べたのだろう。
そのどれもが、確かにアンリにとって大切なものだった。
それぞれの施設に多くの兵が押し寄せている光景を見て、マズダールは笑う。
「くくく、奴らはただの兵ではない。指揮をとっておるのは国王であるわしの直轄部隊……まぁ、エリート中のエリートだな。冒険者のような下賤な者とは一緒にできぬが……敢えて言うならば、その強さはSランクに匹敵するであろうな」
派遣された兵の人員構成は全てが貴族だ。
つまり、全員が高い魔力を保有しているため、平民がほとんどである冒険者とはどうしても基礎的な能力が変わってくるだろう。
しかし、マズダールは二つ思い違いをしている。
「あはは、どんな未知の能力を使うのかと思ったら、そんなしょうもない手段? いいよいいよ、お好きにどうぞ」
アンリの第一優先はマズタールを討ち永遠を手に入れることだ。
それ以外に優先するものとは明確に壁が存在するため、如何なる人質も無意味だった。
「貴様……いいのだな? 失ってから後悔しても遅いぞ」
マズダールの最後通告にも、アンリは何も反応を示さない。
(考えろ……”大罪人システム”を造った奴が最強と称する”傲慢”の殺し方を……永遠が目の前にあるんだ……っ!)
アンリは他の場所の危機など全く考えず、マズダールを殺す方法のみを考えている。
確かに無関心のようにも見えるが、それは心配をしていないということもあるだろう。
何せ、アンリはここに一人でやってきたのだから。
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