139 大罪人

 ボロボロになりながらも、正直アンリは戦いがこのまま続くのなら勝てると思っている。

 何せ、保有している魔力量に絶対的な差があるはずなのだ。


 どんなに殴られ、蹴られ、斬られようが、全自動回復魔法フルオート・リジェネの効果により直ぐに傷は完治する。

 いかに元がディランの体とはいえ、先に魔力が尽きるのは恐らくマズダールだ。

 マズダールが使う身体強化魔法の効果が無くなった時点で、いくら直接的な魔法が効かないとはいえ、アンリは余裕を持って勝利することができるだろう。


 だが、アンリは負けず嫌いだ。

 例えるなら残機が無限のシューティングゲームではあるが、それでも何度も殴られ撃墜されるというのは癪に障ったようだ。


『<遠隔操作テレキネシス>』


 <剣の創造クリエイトソード>で作成した剣は、マズダールには効果がないだろう。

 そこで、アンリはマズダールが握っている剣を操作する。


「くく、なかなか良い魔法ではないか。だがぬるい」


 突如勝手に動き出した剣による攻撃を難なく避けたマズダールは、新たに剣を鞘から抜く。

 その刀身は、青白く光っていた。


(あれは……絶魔体が混じっているのか……? 流石にあれは操作できないか……)


 アンリの予測通り、青白く光る剣はアンリの遠隔操作テレキネシスによる干渉を受け付けない。


「あぁ、もう、面倒くさいな」


 ゲームの難易度が少し上がったことに、アンリは悪態をつく。

 それを焦っていると思ったマズダールは、大きく笑う。


「くく、ふふ、ふははははは! 最年少Sランク冒険者? 死ノ神タナトス? いや、笑わせる。余にとっては赤子同然。永遠は諦めるのだな。永遠どころではない。貴様の命はここで終わりよ」


 万が一のために、ディランとの戦闘もシミュレートしていたアンリは色々と選択肢を持っていた。

 どれから試そうかと考えていたアンリだが、マズダールのその言葉はアンリの胸に怒りの炎を灯す。


「あはは、僕が終わるって? 寝言は死んでから言えば? よくもまぁ、他人の力を借りているだけでよくそんなに偉そうになれるね。虎の威を借りた狐でも、そこまで偉そうにはできないよ。流石傲慢。僕はここまで図太くはなれるのかなぁ」


 アンリは複数の選択肢を試すことを止め、早めに勝負を終わらせることにした。


炎神のプロメテウス・悟りエピファニー


 アンリの魔法により炎がマズダールを包む。

 当然、マズダールは余裕の表情だ。


「くく、無駄よ、無駄。余に魔法は効か……ぬ?」


 しかし、段々とマズダールの表情が変わっていく。

 それは痛みによる苦痛の表情だ。


「な……なぜ……ぐっ!?」


 最強とも思えるディランの体ではあるが、アンリはこの攻撃が通じる確信があった。

 なぜなら、最強のはずのディランがマズダールに敗れたからだ。


 いかにマズダールが不意を討とうが、ソロで冒険者をしていたディランはその気安い態度とは裏腹に警戒心が高く、そのまま勝つことは困難だろう。

 しかし、現にマズダールはディランに勝っている。

 勝敗の決め手は”傲慢”の能力だろうと当たりをつけた。


 いくら魔法に絶対的な耐性を持っていても、大罪人の能力には無力なのだろう。

 アンリが操る炎の色が黒に近づくにつれ、その効力は確実に表れていた。


「貴様ぁぁぁ!? その力は──」


 マズダールが何か言おうとするも、その言葉は最後まで続かない。

 ”憤怒”の能力により、アンリは自身の魔法に干渉する。

 魔法の域を超えた<炎神のプロメテウス・悟りエピファニー>は、ディランの能力を物ともせずマズダールの体を溶かしつくした。


「ふぅ……勝った勝った」


 塵も残さない出力で炎を操ったため、部屋の温度が急上昇しアンリは汗ばむ。

 服をパタパタと動かし涼みながら、アンリは考えていた。


(うん……? 予定通り王様を殺したけど、この後どうすればいいんだ……? なんか傲慢な感じを出さないといけないのか……?)


 ”傲慢の大罪人”を殺せば、無条件で自分が次の”傲慢の大罪人”になると思っていたアンリは、何もアナウンスがされないことに焦りを感じる。


「傲慢になるんだ……傲慢に……おい、メルキオールよ、俺様を褒め称え──」


 アンリの必死の試みで放たれた言葉は、最後まで続かない。

 思いもよらない声に遮られたのだ。


「──貴様、”憤怒”の能力を持っているのか。くく、なるほど、その能力をそこまで使いこなすことができるのであれば、”死ノ神タナトス”の二つ名も納得だ。その大罪の烙印を押された者は、そのまま自滅するのが常なのだがな」


「え?」


 その声は、間違いなくマズダールのものだった。

 声の発生源に目を向ければ、玉座に座った骸骨が動き出している。


「くく、何を驚いている。まさか、勝ったとでも思ったか?」


「……”傲慢”は自身の魂に干渉する……肉体が滅びても魂を移動することで生きられる……?」


「然り。しかし、なぜ貴様がこの能力を知っている……まぁよい。貴様が”憤怒”の能力を持っていることは想定外だったが、何ら結果は変わらぬ。折角手に入れた最強の体を失くしたのはおしいが、代わりに貴様の体を貰ってやろうか」


(いくら王様を殺しても、魂がある限り殺しきれない……あれ? これって無理ゲーじゃない?)


 魂自体を殺す方法をアンリは知らない。

 ダハーグなら魂ごと食べることもできるかもと想定し、時空扉魔法ゲートを使おうとしたアンリだが、次のマズダールの言葉に興味を惹かれる。


「貴様が余に勝利することは不可能だ。貴様は大罪人に二度も勝利しておるから、余に勝てるとでも思ったかもしれんが、そも、”傲慢”の能力を手にした余に勝てる者などおらんのだ。この能力こそ、”大罪人システム”の中でも最強の能力なのだから」


「あはは、傲慢だねぇ。王様は他の大罪人に何回勝ったのさ」


 AIが”バグ”と称した大罪人を、マズダールは”システム”と呼んだ。

 そのことに、アンリは怪訝な顔を向ける。


「一度も。しかし分かる。”大罪人システム”を作成したのは他でもない、余であるぞ」


 骸骨で表情は見えないはずだが、マズダールが笑っていることははっきりと分かるのだった。

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