138 最強の男

「いかにも、余が”傲慢の大罪人”で相違ない。今は冒険者ディランの姿になったが、余のことはアフラシア国王と呼んでもらおうか」


 膝をついていたアンリだが、その言葉を聞くと元気よく立ち上がる。


「あは、あはははは!! どうしたの王様? わざわざ僕を待っていてくれたの!?」


「貴様はあの占い師を頼ったのだろう? くく、しかしな、奴は余のお気に入りよ。少し頼めば、貴様の情報も、友も平気で差し出しおったわ」


 アンリの知らない話ではあるが、そこの部分は全く気にしていなかった。


「あはははは! 探してましたよ王様! 貴方が僕の夢だ! 貴方が僕の救いだ! そして、貴方を殺せば僕が永遠だ!」


 胸に刺さった剣を抜くと、手から出した炎により蒸発させる。

 今のアンリは、前世の中でも今世の中でも一番に嬉しそうに顔を歪ませていた。


「回復魔法……か。くく、ここまで噂どおりのやつも珍しい」


 国王であるマズダールは予想していたのか、無傷であるアンリを見ても何も動揺していない。


「じゃぁ王様、死んでもらうね。もう長いこと生きて満足したでしょう?」


「不敬にも程があるぞ小僧。余は王であるぞ? 余は誰の命令も聞かぬ」


 マズダールは剣を構える。


「あはは、傲慢だもんね。言葉での説得なんて、勿論考えてもいないさ」


 アンリもまた、魔法により生み出した剣を構えた。


「くく、剣を握るなど何百年振りか……退屈しのぎには丁度よいか」


「退屈を感じている時点で貴方は生きていないよ。ほら、死人が死体になるだけさ。早くその能力をくださいよ」


 そうして、永遠を欲するアンリと、永遠を手にしたマズダールの戦いが始まった。






 ──キィィィン!


 玉座の間に、剣戟の音が何度も響き渡る。


(このじじぃ……偉そうなだけはある……マジで強い……いや……強すぎる……)


 戦闘はマズダールが終始押していた。

 アンリの体の傷は全自動回復魔法フルオート・リジェネにより癒えているが、何度も剣を受けたことにより服はボロボロになっている。


「どうした小僧? 先程までの威勢がないぞ? くく、弱い弱い。だが面白い。ここまでに良くできたサンドバッグは、世界中を見回しても貴様しかいないだろうよ」


 マズダールの強さの秘密。

 それは、マズダールの魂が乗っ取った体にある。



 アフラシア王国で一番強い者は誰か。

 その問いをアンリに近しい者にすれば、全員がアンリと答えるだろう。


 アフラシア王国で一番強い者は誰か。

 その問いを闘技大会を観た者にすれば、数人はアンリと答えるだろう。


 アフラシア王国で一番強い者は誰か。

 その問いをアンリを知らぬ者にすれば、全員の答えが一致するだろう。



 ”孤独のディラン”


 アフラシア王国で唯一、ソロでSランクに上り詰めたディランは紛れもなく世界最強候補の一人だ。

 ディランの出生は謎に包まれているが、平民ながらも魔法学院パンヴェニオンを首席で卒業したことは有名だった。

 その高い剣術技能と膨大な魔力、それを活かす緻密な操作精度と特異な体質を評価され、憲兵騎士団は勿論、様々な所から声がかかる。


 しかし、貴族の在り方が好きではなかったディランは、その全てを断り冒険者になった。


 最初はモスマンを含めた、今で言う”くだん来者らいしゃ”のメンバーとパーティーを組んでいた。

 しかし、そのパーティーは直ぐに解消される。

 力量が違いすぎたのだ。


 あまりにも人間離れをしたディランの強さに、モスマン達は萎縮したのか違う道を勧める。

 そしてそれは、ディランが移った先のどのパーティーでも同じだった。

 ディランを利用しようとパーティーに勧誘した者達ですら、人外とも思える強さのディランが同じパーティーにいることに恐怖し離れていった。

 強すぎたディランには、肩を並べられる程の戦友が存在しなかったのだ。


 故に、ディランは"孤独"だった。

 それは"孤高"ではないのか。

 違う。

 ディランは"孤高"ではなく"孤独"だったのだ。


「ごふっ!?」


 腹を蹴られたことにより、アンリの体はくの時に曲がる。

 アンリの魔法である経験則に基づく予測ムーア・インテリジェンスによる膨大な経験値をもってしても、ディランの姿をしたマズダールには手も足も出ないでいた。


「この……『<加重魔法跪け>』!」


 剣での勝利を諦めたアンリは魔法を唱える。


「──え?」


 少し苛ついていたことから、かなり強めに魔力を込めた。

 普通の人間であれば、過重に耐え切れずそのまま潰れ即死だっただろう。

 しかしマズダールは膨大に圧し掛かったはずの重力を物ともせず、先ほどまでと何ら変わりないスピードでアンリに蹴りを放つ。


「──ごふっ!」


 またもや蹴りの直撃を受けたアンリは、図らずとも転がりながら距離をとる。

 その親指と人差し指で銃の形を作り、マズダールへ向けた


「……まじ? 『<小規模爆裂魔法ばんっ!>』」


 さらに強めの魔力を込め、お得意の魔法を使う。


「くく、どうした小僧? 急に子供らしくなりおって」


 しかし、マズダールは無傷だった。

 上がった口角にマズダールの余裕が表れている。


「マスター。今のはおかしいです。爆裂魔法が対象に発動していないように感じられました」


 メルキオールの助言により、ここにきてアンリはマズダールの強さの秘密を理解した。


「あぁ、なるほどね。魂を乗っ取るっていうのは、そのままディランさんになるようなものなんだ」


 ディランは生まれつき特異な体質をしていた。

 どういうわけか、他者からの魔法に対する絶対的な耐性を持っていたのだ。

 常人であれば、自分の意識が無い時に他者から回復魔法を期待できないのは不便であり、呪いともいえるだろう。

 しかし、そもそも傷を負うことが珍しく、自身で回復魔法を使用できるディランにとって、それは強力すぎる能力となっていた。


 対等に肩を並べられる仲間がいない。

 魔法という世界が提供しているシステムも受け付けない。

 ”孤独のディラン”という二つ名は、言い得て妙であった。


「まさかディランさんと戦うことになるとはなぁ……自分で魔法は使えるのに他人の魔法は駄目って、ホントどういう原理だよ……」


 アンリの愚痴に、メルキオールの一つ目がギョロギョロとせわしなく動く。


「バグです。この世界の創造主も、急に世界を作り替えろと言われて大変だったのでしょう」


「…………他人事みたいに……」


 アンリがジト目で魔法の原典アヴェスターグを見つめていると、距離が離れたままマズダールから声がかかる。


「くく、どうした!? もう諦めたか!? 折角だ、もう少し楽しませてくれんか!?」


 アンリはメルキオールとの会話を切り上げ、戦闘に集中するのだった。

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