137 正体

「やぁディランさん、こんばんは」


「おうアンリ、久しぶりだな」


 学院長の話を聞いた後、アンリは周りの人間に指示を出し準備を終えると、目的の人物に会いに来ていた。


「そういえば、やっとモスマンさんと会えたよ。いい占いをしてもらったんだ」


「あいつの占いは本当に凄いだろ? 俺も、いつもあいつの占いにお世話になってるんだぜ」


 しばらく二人で話していたが、奥からやってきた人物が声を上げる。


「陛下の準備が整われました。それではお二人とも、玉座の間へ」






 学院長の心当たり。

 それは、アフラシア国王だ。


 最初は疑わしく思っていたアンリだが、後で調べてみるとそれは確信に変わる。


 国王の名前はマズダール・アフラシア。

 この国の王は、建国されてから一度も王位を継承していないのだ。


 アンリは前世の常識で考え、この国は世襲君主制であり、王位は血族へ継承しているものだと思っていた。

 しかし、実際には、アフラシア王家はマズダール・アフラシアただ一人であり、その息子や娘は存在すらしていなかったのだ。


 その事実を知ったアンリは驚くも、カスパールやジャヒーはなぜアンリが驚いているのかが分からず困惑していた。

 アンリの脳裏に、王族の娘との婚約なら一考すると言った時、あのフォルテに笑われた記憶が甦る。

 王に娘などいないことは、アフラシア王国の常識だったのだ。


(もう少し歴史の勉強をしておけば……)


 アンリが今世で勉強してきた分野は極端なものだった。

 学院が配布している歴史の教科書を数ページ捲れば、国王の異物感に気付いたかもしれない。

 もしくは、アンリにとってもすでに常識と刷り変わっていたのかもしれない。

 人間が成長するにつれ身につける、常識という名の偏見は恐ろしいものだ。


(そもそも最初からおかしかったんだ……なんで国王はあそこまで権力を持っているんだ……あの強い魂の輝きは、自身の魂に干渉している何よりの証拠じゃないか!)


 違和感すら感じなかった自分が少し嫌になりながら、アンリは後ろを振り返る。


「そういえば……なんでディランさんもいるの?」


「それはこっちの台詞だぜ? 元々俺が面会の予約をしていたんだ。そこに、アンリが割り込んできたんだぜ?」


「あはは、それは悪いことをしちゃったね」


「まぁいいけどよ……っと、着いたぜ」


 アンリ達は会話を止め、豪華な扉が開くと同時に入室する。

 玉座の間には、以前と同じように薄布の奥に人影が見える。

 以前と違うのは、同席している人物だ。


 パールシア共和国との火種作りを依頼された時は、王の近くには偉そうに髭を伸ばした男達が数名控えていた。

 しかし今は王、アンリ、ディランの三者だけである。


 なかなかの異常だと思われるが、永遠を間近にしたアンリは気付かない。

 興奮により暴れる心臓の鼓動を抑えるのに必死だったのだ。


 アンリは部屋に入ると、膝をつくことはせず王に向かって歩きだす。

 そして、布に手が届くところまで来ると言葉を放つ。


「マズダール・アフラシア。ザラシュトラ家の執行権を行使し、"傲慢の大罪人"である貴方を断罪しにきました。貴方から頂いている剣を、そのまま貴方に振り下ろすことになりますが」


 アンリが笑いながら薄布をむしりとった時──


「え?」


 ──アンリの胸から剣が飛び出していた。


 無防備だったアンリの背後から、ディランが突き刺したのだ。


「くく……別によい。だが、貴様自身は剣で貫かれる覚悟はあったのか? ふん……もう少し聡い奴と思っていたが……所詮は子供か」


 聞こえてくる声色は確かにディランのものだ。

 しかし、その雰囲気はいつもの明るいディランとは正反対だった。


「……? ディランさん? いや……」


 視界を遮っていた薄布が無くなったことにより、玉座が露わになっている。

 そこに座っているのは、王冠を被った骸骨だった。

 その骸骨からは魂の輝きを感じられない。


「……そう……か」


 胸に剣が刺さったままの状態で、アンリはディランから距離を取る。

 胸を押さえ、膝をつきながらアンリは自身の推測を投げかける。


「自身の魂に干渉できるってのは、永遠になるだけじゃないのか……他人の体に自分の魂を入れることもできる……それじゃぁ、元々あったディランさんの魂は……」


「消滅した。それが、何を意味するか貴様には分かるだろう?」


 アンリの言葉の続きがディランの口から出てくる。

 それは即ち、アンリの推測が当たっていることを意味していた。


「ディランさんは……死んじゃったか。それじゃぁやっぱり、貴方が……」


「いかにも、余が”傲慢の大罪人”で相違ない。今は冒険者ディランの姿になったが、余のことは王と呼んでもらおうか」


 ディランの姿をした国王は、骸骨が身に着けていた王冠をかぶりながら口上した。

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