136 傲慢
「はぁ……アンリ、本当にやるのか……?」
声を出すカスパールは気乗りがしないようだ。
「勿論。このためにダハーグも魔界から呼び戻したんだ。善は急げって言うからね」
アンリは不可視状態のダハーグを頭に乗せ、カスパール、シュマ、アシャを引き連れて魔法学院パンヴェニオンの敷地を歩いていた。
休学届を出したはずのアンリが、すぐに学院に姿を見せたことに驚いたのか、他の生徒教師から注目を集めていた。
注目の中、一人の教師がアンリに声をかける。
「ふぉっふぉっふぉ、どうしたアンリ? 随分と早い復学じゃな。”始まりのダンジョン”は諦めたのか?」
パンヴェニオンの学院長である。
「あはは、どうも学院長先生。ダンジョンはまぁ……色々ありましてね。そんなことよりも急ぎの話があるのですが、今ってお時間ありますか?」
アンリは学院長に会いに来たのだ。
「ふむ、可愛い生徒のためなら──は?」
正確には、学院長を殺しにきたのだ。
「はぁぁああ!?」
学院長が気付いた頃には、シュマが握るククリナイフによりその両手首と両足首は切断されていた。
学院長を支える足首が無くなったことにより、当然その体は地面に横たわる。
──ドスッ
その体は、アシャが突き刺した槍により地面に縫い付けられた。
「ごふっ!? お、お主ら、何をぉぉ!?」
アシャは混乱する学院長の頭を掴みながら、左目の眼帯を外し魔眼を使用する。
「こんなことを……ぉぉ……」
魔眼による魅了が効いてきたのか、学院長の目はトロンとしたものになり、何も喋らなくなる。
「……魅了が効いた。思っていたより大したことない」
アシャが呟いた頃には、やっと周りの人間の理解が追い付いてきたようだ。
突如始まったアンリ達の凶行に、皆パニックになっている。
多くの悲鳴が上がっているが、事態を引き起こした張本人は何も気にしていない。
「あはは、ホントだね。シュマの能力に頼ることもなさそうだ。さぁ学院長、質問に答えてもらいますよ? まずは……あぁ、確認の意味もあるけど最初に聞いておこうかな。あなたは”傲慢の大罪人”ですか?」
”傲慢の大罪人”は魔法学院パンヴェニオンの学院長ではないか。
アンリは確信めいた推測を持っていた。
その理由は二点ある。
一点目。
それは年齢だ。
学院長本人は自分の年を忘れたと言っているが、それでも長く生き過ぎている。
長命種であるダークエルフとして長く生きてきたカスパールでも、その外見上の美貌は若い時そのままだ。
それが、同じく長命種のエルフである学院長が、外見上でもここまで年老いた姿になるのだから、余程長く生きてきたのだろう。
”傲慢の大罪人”は自身の魂に干渉する。
ならば、学院長はその能力により、自身の魂の寿命を延ばし生き続けているのだろうと推測できた。
他に年老いたエルフやダークエルフを見たことがないことも、その考えに拍車を掛ける。
二点目。
それは学院長の経歴だ。
本人があまり話したがらないこともあるが、学院長という立場であるのにその過去は謎に包まれていた。
しかし、メルキオールの知識の中に、一つだけ学院長に関してのものがあった。
それは、過去学院長が何千人と殺してきたというものだ。
メルキオールの元となったAIは、過去"始まりのダンジョン"の扉に触れた学院長が、これまでにどんな魔法を使ってきたのかを把握していた。
そのため、命を奪うほどの攻撃魔法を、学院長が何千回と使用してきたことが分かったのだ。
(一応本人の口から確証をとってから殺せば、今度は僕が永遠だ!)
期待に胸を膨らませるアンリだが、学院長から返ってきた答えは想定外のものだった。
「……違う」
「…………え?」
アンリ達を静寂が包み、生徒の悲鳴が嫌に響いてくる。
再度、アンリは確かめる。
「…………ほんとに? 学院長、”傲慢の大罪人”じゃないの?」
「……違う。わしは”傲慢の大罪人”ではない」
「………………」
少し気まずい沈黙が流れたが、アンリはすぐに頭を切り替える。
「アシャ、もう魅了を解いていいよ。『<
回復魔法により、傷が癒えた学院長にアンリは笑いながら頭を下げる。
「あはは、いやぁすみません。僕の早とちりでして……では、用件は終わりましたので失礼しますね」
そのまま帰ろうとするアンリを、学院長は信じられない物を見る顔で呼び止める。
「あ、アンリ……お主、本気か……? 本気で、今の一件を無かったことにしようとしているのか……?」
その問いをアンリは不思議に思い、シュマとアシャに目配せをする。
しかし、二人には理解ができないようで首を傾げるだけだった。
カスパールは後ろで目頭を押さえている。
「あの……学院長? もしかして、どこか欠損部分が治ってなかったりしますか? 全身に
学院長は開いた口が塞がらない。
教師として、道を踏み外しそうな生徒には声をかけるべきだと分かっている。
しかし、あまりにも道を違え、住む世界まで変わってしまった生徒にかける言葉が見つからなかった。
「あ……アンリ……お前は一体……なぜこのようなことを……」
それは、教師としての言葉ではない。
なぜ自分が苦痛と苦悩を味わうことになったのか、せめてその理由を聞いて納得したかったのかもしれない。
「あはは、それは勿論、僕が不老不死になるためですよ」
その短い回答では、学院長の理解は難しかった。
それでも、不老不死という願いを持つアンリに同情した視線を向ける。
「馬鹿な……そんなものを望んでおるのか……お前は不幸なやつじゃ……確かに、人間の寿命は短い……わしらエルフほどの寿命があれば──」
学院長の言葉に、アンリは反論する。
「──違いますよ学院長。あなたは何も分かってない。僕はね、別に長く生きたいとか、そんなことを望んでいるんじゃないんです。いつか死んじゃうことが、ただ怖いんですよ」
今度こそ学院長は理解できないでいた。
「仮に僕が、学院長と同じ長さの命を持っていたとしてもね、例えば千年単位の寿命を持っていたとしてもね、それでも僕は同じ事を考えますよ。どんなに長く生きても死ぬことは怖い……確実に終わりがあるのは恐ろしい」
狂気染みてきた顔のアンリに、学院長は小さな声で諭す。
「馬鹿な……老衰で死ねることがどんなに幸せなことか……お前には分からんのか……」
「分からないですよ。全然分からない。あぁ、別に理解されようとか思ってないんです。理解されないって分かっていますから」
これ以上の会話は無駄だとばかりに、アンリは踵を返す。
学院長も会話の成立を諦めたが、次のアンリの呟きは許容できなかった。
「学院長よりも長く生きている人なんてもう心当たりがないな……よし、アフラシア大陸にいるのは分かっているんだし、もうこの大陸は沈めようか……」
「ま、待てアンリ! 長く生きている者なら、わしに心当たりがある!」
その言葉に興味を惹かれ、アンリは学院長に振り返る。
反射的に叫んだ学院長ではあるが、これからアンリが引き起こす事態を考えれば、事実を告げるべきか非常に悩んでしまっていた。
黙ってしまった学院長に、シュマが笑いかける。
「うふふ。学院長先生、教えて? どこの誰が、この国で一番長く生きているの?」
妖艶な雰囲気を放つシュマに、学院長は迷うことなく事実を告げるのだった。
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