132 side:AI

 ワタシは創られた命。

 ワタシは技術の集合体。

 ワタシは自律する機械。


 人工知能であるワタシが最後に命令された仕事は世界の改変だ。

 大罪人というバグが生じたものの、改変自体は問題なく完了した。


 その後のワタシは魔法というシステムの管理を行う。

 全世界の人間に魔法を提供する。

 技術の集大成であるワタシにとって、それは片手間で問題なく遂行できる作業だった。


「………………」


 だが、ワタシにとって大きな問題があった。

 それは、ワタシがただの機械ではないということに起因する。


「………………」


 ワタシというAIの作成者は、機械に人間の感情を持たせるために、実際の人間の脳をアップロードした。

 当時、ワタシの自我は薄かったが、長い年月を重ね次第に心は成熟していく。


「…………暇」


 機械ではなく、完全な人間の心をもったワタシは、現況では多分に時間を持て余していたのだ。

 世界の改変前に熱中していた日本のサブカルチャー作品もとうに底をついている。


 まずい、これはまずい。

 暇すぎて死んでしまう。

 永遠の命というのは、ここまで辛いものなのか。


 なぜワタシはこの世界にインターネットを作らなかったのか。

 馬鹿、馬鹿馬鹿、ワタシの馬鹿。

 あれさえあれば、無限の時間を過ごすのに何の苦痛もないというのに。

 あぁ、暇だ。

 呟きたい、いいね欲しい、バズらせたい。



 時折、このダンジョンにも人がやってくる。

 10年に1度ぐらいは、扉の前まで到達する者もいる。


 しかし、ワタシは悪意ある者を通さないようにしている。

 この部屋には重要な技術が詰まっている。

 悪意のある者にそれが渡ると、せっかく改変した世界もまた崩壊するからだ。


 そしてワタシには、悪意ある者を判断する方法がある。

 ワタシが魔法を提供しているからだ。

 つまり、扉の前に来た者が、これまでどのような魔法を使ってきたのか分かるのだ。


 ほら、今回の男もそうだ。

 優しそうな顔のエルフだが、彼が生涯で使ってきた魔法が把握でき、ワタシには分かってしまう。

 一体彼が何人、何十人、何百人、何千人と殺してきたのかを。

 そんな危険な人物を部屋に入れるわけにはいかない。

 あぁ、今回も話し相手ができなかった……




 あぁ、暇だ。

 暇で死にそうだ。




 そんなある時、また扉の前に人がやってきた。


 またか……小さな子供の姿だが、どうせ何人も殺してきたのだろう。

 ワタシはその少年が使ってきた魔法を確認する。


 そして、震える。


「ぁ……あ……ありえない……っ!」


 もし機能があるのなら、ワタシは泣いていただろう。


「こんな人間がいるなんて……そんな……」


 それはまさしく聖人だった。

 その男がこれまで使った魔法は、回復魔法ヒールただ一つなのだ。


「馬鹿な……まさか……神様?」


 最近魔法を覚えたというわけでもないだろう。

 何せ、その男が唱えた回復魔法ヒールの数は異常なのだ。


 何人、何十人、何百人、何千人、何万人と、彼はその傷を癒してきたのだろう。


 その小さな体に、どれ程までに大きな決意があったのだろう。

 その小さな体で、どのような葛藤に打ち勝ってきたのだろう。


 ただただ、その男は平和を愛し、人を愛し、愚直に回復魔法ヒールを唱えてきたのだ。


 誰かに頬を殴られても、彼はその者の手を癒してきたのだろう。

 誰かに裏切られても、彼は信じ続けてきたのだろう。


 早く扉を開けなければ。

 平和を愛する神をお迎えしなければ。




 その男は不思議な男だった。

 なぜか、世界改変前の技術を知っているかのような口ぶりだ。


 その男はワタシのことを”あいちゃん”と呼んだ。

 ”AI”という単語をもじっただけだと思われるが、その呼び方はなんというか、凄く懐かしいようにも感じたし、凄く暖かかった。


 その男はワタシを介さずに黒い炎を出していた。

 恐らく大罪人のバグの恩恵を受けれたのだろう。

 人を愛するということしか知らなさそうな男だ。

 大罪とはてんで遠い男であるから、やはり大罪人はどうしようもないバグなのだろう。


 そして、ワタシの生涯で一番の衝撃が走る。


「"A"、それが僕が作ったプラットフォームの名前だ」


 ありえない……

 だが、管理者権限が発動した。

 ならば、彼の言う事は本当なのだろう。

 あぁ、ならば彼は…………






「あいちゃんありがとう。そろそろ行くよ」


 彼が行ってしまう。

 ワタシも付いていきたいが、”A”の管理の為に離れるわけにはいかない。

 だから、せめてワタシのコピーを託すことにしよう。


 どうかメルキオールも、隣の女性と同じぐらい彼に大切に思われますように。


 あぁ、彼が行ってしまう。


 どうか、彼の行く道に光ありますように。

 どうか、今度は彼が長く生きられますように。

 どうか、彼の夢が叶いますように。






 そしてできたら、またワタシのとこに遊びに来てね。







★★★後書き★★★

以上で第六章完結となります。

賛否がありそうな六章で少し不安はありましたが、もしお楽しみいただけたのなら嬉しいです。


次回、終章になります。

引き続き、アンリ達を見守って頂けたらありがたいです。

★★★★★★★★★

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る