131 後日談
「フラン様! 頭が見えてきました! もう少しです!」
ザラシュトラ家にて、新たな命が生まれようとしていた。
いや、”新たな”では少し語弊があるかもしれない。
「頑張れ母上! タルウィも、頑張れ!」
一度失った命が返ってこようとしていたのだ。
出産の光景をアンリとシュマも見守っていた。
死んだタルウィールの魂をフランチェスカの子宮内に定着させたのはアンリだ。
回復要員としては勿論、何か不測の事態があった時の為に、父であるドゥルジールから待機を命じられていたのだ。
「んんんんんん!!」
「頑張れ母上! 頑張れタルウィ!」
普段は温和な母であるフランチェスカの必死な形相を見て、アンリの声援にも力が入っていた。
今回の妊娠は通常のものとは違い、少し人工的なものだ。
それが原因になるのか、フランチェスカの体は出産に対して万全とは言えなかった。
子宮口が開ききっていないのだ。
結果、フランチェスカにもタルウィールにも、かなりの負担を強いた出産となっている。
(あぁ! もう! だから腹を裂こうと言ったんだ! 同じ出産に違いないのになんで嫌がるんだ! これだから頭の固いおじさんおばさんは!)
従来の出産よりも苦しいものになると予測していたアンリは、両親に帝王切開を勧めていた。
だが、フランチェスカがどうしても通常の出産をしたいと、アンリの提案を受け入れなかったのだ。
(父上もこんな時ぐらい仕事は休めばいいのに! 母上、大丈夫なのか!?)
アンリはやきもきする。
フランチェスカが痛みで苦しんでいるが、今回復魔法をかけるとタルウィールのほうに支障が出るかもしれない。
そのため、何もすることができないのだ。
「出てきました! 奥様! お疲れ様です! ……ぇ?」
すっかり経験を積み手慣れた様子のジャヒーだったが、産まれたばかりのタルウィールを見て血相を変える。
「あ、アンリ様! タルウィ様が弱っています!」
タルウィールが今にも力尽きそうだったのだ。
急ぎアンリは回復魔法をかける。
「まずい! 魂が弱ってるのかっ!?」
妊娠が無茶だったのか、出産が無茶だったのか、そもそも一度死んだからか。
何かの要因により、タルウィールの魂は酷く弱っていた。
「くそっ! 頑張れ! タルウィ!」
回復魔法が得意なアンリだが、魂までは癒せない。
焦りながらも解決方法を模索している中、シュマが声を出す。
「タルウィ! 生きなさい!」
──ドクンッ
その時、心臓が力強く脈打つ音が聞こえた。
アンリはその光景を見て言葉を失う。
今にも消え失せそうだったタルウィールの魂が、眩いばかりに輝いていたのだ。
「凄い! 凄いよシュマ! 凄すぎるよ!」
フランチェスカとタルウィールの無事を確認した後、アンリの部屋にシュマとカスパールが集まっていた。
「うふふ、ありがとう
嬉しそうなシュマを横目に、カスパールは呟く。
「双子そろって神に大罪人の烙印を押されるとは……なんともまぁ罪深い血よな……」
その呟きに反応したのは、
「大罪人はただのバグです。別に実際の神に烙印されたわけではないので、その表現はいかがなものかと思います」
「まぁ、あなたがメルキオール? 凄いのね、本当に
「よろしくお願いしますアエーシュマ。雰囲気がマスターに似ていますね……流石双子と言ったところでしょうか」
「まぁ! 私、この子を気に入ったわ! よろしくね、メルキオール」
アンリに似ていると言われたシュマは、顔を赤くして喜んでいる。
はしゃぐ二人を放置し、カスパールは考察する。
「”色欲”の能力は対象を隷属させる……その条件は異性であること……なんともまぁ、強力すぎる能力よな。シュマがその気になれば国一つ、大陸一つを制覇するのは容易いのじゃろうな」
この世界の男女比は、ほぼほぼ等しい。
つまり、シュマは直接会うことが出来れば、世界の半分を味方につけることができるのだ。
「それだけじゃない……”さん”やウラジーミルを見たか? 隷属化された者は、肉体的にも魔力的にも別人と見間違える程じゃった。あれも”色欲”の能力じゃろうな……傀儡にすることで対象が格段に強化されておる」
「あはは、本当に便利な能力だよね。でもね、本当に凄いのはそこじゃないんだ」
アンリの言葉の続きは、全員が気になったようだ。
「シュマがタルウィに”生きろ”と命じたら、タルウィの魂に影響があったんだ。ということは、多分だけど……”色欲”の能力は”異性の魂に干渉する”ことだと思う」
隷属化との意味の違いが分からないカスパールは首を傾げる。
「僕は永遠の魂を手に入れるために、”傲慢”の大罪人になろうとしてるよね。それは、”傲慢”の能力が”自身の魂に干渉できる”からだ」
その言葉の意味に気付き、カスパールは勢いよくシュマに振り返る。
当のシュマは、まだよく分かっていないようだった。
「あはは、つまり、シュマが僕を隷属してくれたらいいのさ。その上で、僕に”永遠に生きろ”と命令してほしいんだ」
その提案をしたアンリには、歓喜の表情が浮かんでいる。
だが、その方法には問題があるようだ。
「……
「……え?」
「え?」
双子が揃って困惑している中、メルキオールが声をあげる。
「生物学上、マスターは男性だと認識していましたが……」
「うふふ、嫌だわメルキオール。
「…………」
実の妹からの言葉にアンリは大きくショックを受け、声を出せないようだ。
「ふむ……シュマ、アンリに何か適当な命令をしてくれんか?」
アンリに命令することに抵抗を感じるシュマだが、アンリが頷いたのを見て観念する。
「
「…………」
アンリは微動だにしなかった。
シュマの命令が効かない。
つまり、自分が男ではないのだと思い、アンリは項垂れ放心する。
「……どういうことじゃ?」
カスパールは怪訝に思うも、シュマにとっては当然のことだったようだ。
「うふふ、当たり前じゃない。
「……はぁ」
対象が異性であっても、シュマ自身が異性と認識していないと効果はないようだった。
シュマが本気でアンリを神と信じていることを知り、カスパールの力は抜けてしまう。
「もっと格好いいとこを見せたらいけるか……? いっそ、男だと刻みつければ……いや、それは最終手段だ……」
ぶつぶつと独り言を溢しているアンリには、その事実は伝わっていなかった。
「落ち着けアンリ! 少しは冷静になったらどうじゃ? もし、シュマに宿った”色欲”の能力が上手く発動しても、シュマが死ねばどうなるんじゃ!?」
「……あ」
「結局のところ、お主は”傲慢”の能力を手にするしかないのじゃろうよ」
その指摘に、アンリは落ち着きを取り戻したようだ。
「確かに……ね。よし、”色欲”での不老不死は諦めて、予定どおり”傲慢”を目指すことにしよう」
「聡明ですマスター。ワタシも永遠にお供します」
「うふふ、私も私も! 私も永遠よね?」
「ありがとう。キャスもよろしくね」
「あぁ……わしも、お主に永遠に付き合うとするか」
アンリの不老不死を目指す物語は続く。
目的の達成は近いと、その場の全員が感じているのだった。
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