終章
133 捜索
「頼むアンリ! 俺はどうしても、どうしても強くなりたいんだ!」
頭を下げるフォルテだが、部屋の主人は困った顔をしていた。
”色欲”絡みの事件があってから、フォルテは何度もこのお願いをしていたのだ。
”強くなりたい”
それだけの願いなら、アンリは喜んで手を貸すだろう。
しかし、フォルテの強くなるには、明確な基準があった。
「テレサを守りたいんだ……っ! シュマの使用人相手に勝てるぐらい強くなりたいんだ……っ!」
”さん”よりも強くなる。
その条件に、アンリは頭を悩ませる。
”さん”はアンリの奴隷になってから8年程経つが、そのほとんどの時間を斧を振ることに費やしてきたのだ。
それこそ、まだ13歳やそこらの子供が”さん”の領域に辿り付くのは難しいだろう。
更に、”さん”には他の奴隷と比べ特別な処置が施されていた。
アンリが魔法刻印を刻んでも、普通の人間は回復魔法によりその刻印は癒されてしまう。
シュマやアシャなど、稀に魔法刻印だけ癒されない人間もいるが、その条件をアンリは分かっていなかった。
”さん”も普通の人間と同じく、アンリが施した魔法刻印は回復魔法で癒えてしまう。
しかし、”さん”は少し特殊だった。
シュマが施した魔法刻印は癒えないのだ。
その為、シュマがアンリに教わった刻印を刻むことができたのだ。
ただ、楽しむことが何よりのシュマなので、まともな刻印は刻まれていなかったりするが、そこはまた別の話だ。
「”さん”より強く……かぁ……なかなか難しい注文だなぁ……」
加えて、”色欲”の支配下にある”さん”は、その基礎能力も底上げされている。
なかなかの難題と思われたが、それもフォルテの次の一言が無かったらの話だ。
「頼むアンリ! 強くなるなら、俺、何でもするから!」
「……なんでも? え? いいの?」
その手段を問わないのであれば、幾つか選択肢があるのだろう。
アンリは、笑いながらフォルテに提案する。
「あはは、それなら任せてよ。ちょっと準備がいるなぁ……よし、用意ができたら声をかけるから、それまでは待っていてよ」
方法があることに安心したフォルテは、少し肩の力が抜ける。
「ありがとう……アンリはすげぇよな……」
「あはは、いきなりどうしたのさ。フォルテもテレサも、凄いと思うよ」
以前より笑顔が少なくなったフォルテは、この時も真剣な顔でアンリに聞く。
「なぁアンリ……アンリは俺と歳が一緒なのに、どうしてそんなに余裕があるんだ? なんか、大人より大人というか……俺もそんな風になりたいんだ……」
フォルテも少し大人に近づいたのだろう。
今がフォルテにとって大事な時期と感じたアンリもまた、真剣な顔で答える。
「そうだね……もっと力を抜いて生きてみたら? 例えば、2回目の人生のつもりで生きてみるとか」
「……え?」
「人の生は短すぎるからね。ちょっとした問題で、今のフォルテみたいに切羽詰まっちゃうのも仕方ないとは思うよ? でも、それじゃ勿体ないよ。もっと余裕を持って楽しもうよ」
アンリの言葉には、それ相応の重みがあった。
「だから、どんなに難しい問題があっても、前世で経験して乗り越えたものだと思い込むんだ。ほら、それができたら、焦ることなんてないんじゃない?」
「あぁ……俺って馬鹿だからよく分かんねぇけどよ、思い込むことは得意だから、やってみるよ」
少しは納得したのか、帰っていくフォルテを見ながらカスパールは思う。
(ダンジョンであれ程取り乱してた男の言葉とは思えんな……)
しかし、その時の様子をカスパールは他の者に喋らない。
自分だけが泣いていたアンリを見たことに、優越感を感じていたのかもしれない。
「……よいのか? 少し安請け合いじゃった気もするが……」
「あはは、こんなの大した問題じゃないよ。”色欲”の支配下にいれたら基礎能力はイーブンだし、回復しない魔法刻印の刻み方はシュマが少し分かってそうだし……任せてみるかなぁ……さぁ、僕達は本当の難題に向き合おう」
その一言により、アンリ達は元の議論に戻る。
「傲慢になる方法……ねぇ」
アンリは思索に耽る。
「人を見下して偉そうにしてたらいいのか……なかなか僕には難しいな」
「同意します。無礼とは対極にあるマスターにとって、かなりの難題と言えるでしょう」
「だよねぇ。とは言っても、不老不死を目指すならこれはマストだしなぁ……どうしたもんかね……」
本気で悩んでいる様子のアンリとメルキオールを見て、カスパールの頬は引きつっていた。
「ん? どうしたのキャス? 良い方法でもあった?」
他の者達からも注目されたカスパールは、自分の考えを口にすることにした。
「あのなぁ、お主……永遠に生きるといつも言っておるじゃろ……? わしは長いこと生きておるが、お主ほど傲慢な者を見たことはないぞ? 何しろ、世界が作ったルールに背こうとしておるのだから」
「……え?」
「だからな、傲慢の大罪人は既に存在しておるのじゃないか? そやつを始末すれば、自ずとお主に傲慢の烙印が押されるのではないか?」
それはアンリにとっては、考えもしない発想だった。
これまでに、同じ大罪人が同時に出現したことは報告されていない。
もし、傲慢の大罪人が同時に二人も出現しないと決まっているのなら、まずは今いるであろう傲慢の大罪人を殺すべきとカスパールは提案する。
そしてそれは、メルキオールにも受け入れられる。
「なるほど……カスパールの言うことも一理あるかもしれません。マスター自身は謙虚な人間でも、マスターの目標は確かに人の身分で考えたら傲慢と言えるでしょう」
「え? そうなの?」
だか、これにはアンリは納得できなかった。
「でも、永遠の命なんて、大半の人が欲しがっているんじゃない? それだと、みんなが傲慢の大罪人になっちゃうよ」
「欲しがっておるだろうな。しかしな、それは夢であったとしても目標にはならん。お主ほど本気で永遠を目指しているのは、お主だけだろうよ」
「肯定します。普通はそんな夢があったとしても、すぐに諦めるものです」
「うふふ、凄いわ
周りの言葉に、アンリも少し納得したようだ。
「あはは、みんな変わってるんだね。いや、みんなが変わってるんじゃなくて、世界が変わってるのかな」
あくまで自分は普通だと訴えるアンリに、カスパールは何かを諦めたかのように首をふっていた。
「でも、それってかなり難しいよね。大罪人って討伐対象なんでしょ? 僕のとこに情報が来てないってことは、傲慢の大罪人は認知されていないってことだよね……認知されてるのは怠惰ぐらいだし……」
全く手がかりがない状態で、如何に傲慢の大罪人を見つけるか。
議論が進展したことに喜び、アンリは思考を回転させる。
「わん!」
「いや、いける……誰が傲慢か分からないなら、世界中の生物を殺せばいいんだ……」
聞こえてきた不吉な呟きに、カスパールは頭を抱えながら苦言を溢す。
「あのなぁ……流石に主以外の生物を根絶やしにすれば、その後の世界が生き辛くないか?」
「わん!」
「んー死ぬよりはいいけど……まぁ、最終手段にしておこうかな。だけど、見つけるのは難しそうだなぁ……」
「わんわん!」
傲慢の大罪人を見つける方法が出てこず、アンリは頭を悩ませる。
「わんわん! わんわん!」
「ベアト、どうしたんだい? また後で遊んであげるから、今はいいこにしてな」
流石に煩わしく思ったのか、先程から鳴き声を上げているベアトリクスに注意をする。
「わん! わんわん!」
それでも静かにならないベアトリクスに対し、少し躾が必要だとアンリが感じた時、ジャヒーが指摘する。
「アンリ様……もしやベアトリクス様には何かお考えがあるのではないでしょうか? 今となってはこんな成りですが、元はSランク冒険者でしたし……」
首輪を付け、アンリの足置きになっているベアトリクスは、ジャヒーからしても威厳を感じさせなかった。
「え? あぁ、そういうこと? ベアト、もし心当たりがあるなら喋ってもいいよ?」
久々に言葉を話す許可を得たベアトリクスは、懐かしむように丁寧に言葉を選ぶ。
「……モスマンに、会うべき。モスマンなら、傲慢の大罪人の、特定とまではいかずとも、大体、どのあたりに居るかぐらいは、分かるはず……だわん」
「あはは、いいねそれ。よしよし、良いこだ。後でマタタビパーティーでもさせてあげよう」
その提案は直ぐに採用される。
国王にも信頼され、Sランク冒険者という実績もあるモスマンならば、可能だろうとアンリも考えたのだ。
具体的なご褒美を提示されたベアトリクスの口からは、今から涎が垂れている。
「では、私がモスマン様を探してまいります。私の星占術が役に立つかもしれません」
「うふふ、私が行きたいわ。モスマンって人、何度も
シュマとジャヒー。
どちらにモスマン捜索を任せるか、アンリは少し考える。
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