125 A

 当時、世界のクラウドサービスのシェアは完全に三分されていた。

 AWS、Azure、GCPの3サービスは、それぞれにある優位性を活かし磐石な基盤を築いていた。

 しかしある時、突如GCPが収束を発表する。

 それは世界に大きな混乱をもたらした。


 株の暴落や新型ウイルスの影響など、収束の理由に対して様々な憶測が飛び交うも、その真偽は謎のままだった。

 事実、GCPが無くなるということに、利用者は慌て、他の二社はGCP利用ユーザの囲い込みを始める。


 新たなユーザーに対してのアプローチに躍起になっていた二社に対し、世界の実権を握っている超大国から一つの提案が行われた。

 世界の混乱を沈めるという名目で発せられた内容は、二社クラウドサービスの統合である。


 この提案は、意外なことに他の国々からも支持され、世界からの命令に姿を変えた。

 人々は、競合が存在することで成り立つ安価なサービスよりも、技術を集結させたより便利なサービスを求めたのだ。

 こうして、AWSとAzureは統合され、全世界の人間が利用するサービスとなった。


「"A"、それが僕が作ったプラットフォームの名前だ。それぞれの頭文字ってのもあるんだけど、全ての始まりになるシステムって思いが強いかな」


 アンリは前世にて、AWSとAzureを統合したシステムである、”A”構築の責任者を任されていた。


「あんな機械は知らないけどね。元々のプラットフォームは"A"なんだ。だったら、これくらいの権限はあるさ」


「まさか……あなたは……」


 聞きたいことが山ほどありそうだが、質問しようとするAIをアンリが遮る。


「あはは、次はこっちの番だよあいちゃん。僕は"A"を構築してからすぐ死んじゃったはずなんだ。その後どうなったの? なんで、世界はこんなに変わったの?」


「……分かりました。あなたの問いに答えましょう。ワタシは”A”と共に生まれた存在。あなたが視るべき景色を見てきました」


 AIはアンリに説明を始める。


「”A”は期待通りの……いえ、期待以上の成果を上げました」


 全てのサービスが”A”上にある。

 全てのユーザが”A”のサービスを求める。

 そして、全ての技術者が”A”上で新サービスを構築する。


 結果、技術は更なる進化を遂げていく。

 その成長の速度は、加速に加速を重ねていき、世界中の誰もが興奮していった。


「そして、ワタシの想定よりも何十年も早く来てしまったのです」


「……シンギュラリティ」


「肯定します。世界は”A”により、技術的特異点シンギュラリティを迎えました」


 技術的特異点シンギュラリティ

 技術の進歩の速度は決して一定ではない。

 便利になればなるほど、研究環境が整うほど、進化の速度は早くなっていく。

 そして、”A”に搭載されたAIの知能が人間をはるかに超えた時、人間が思いもしない先進的な技術が生まれた。


「やっぱり……つまり魔法は……」


「はい。あなた達が魔法と呼ぶもの。それは、”A”が提供する技術です」


 予想通りの答えが返ってきたことに、アンリは笑う。


「あはは、成程ね。僕はこの世界に産まれた時、魔力のことをWi-Fiと思ってたけど、あながち間違いじゃなかったんだね」


「肯定します。正確に言えば、Wi-Fiではなく”7G”になりますが」


「ふぅん……それで? その後は?」


 続きを促され、AIは説明を再度始める。


「魔法のような存在……それは、誰しもが熱狂するものでした」


 人類が夢見た魔法を使える。

 それは技術者に、権力者に、いや、全ての人間を狂わせるには充分な成果だった。


 人々は更に開発を進めていく。

 より便利な魔法を。

 より画期的な魔法を。

 そして、より威力のある魔法を。


「そして、世界は破滅の危機を迎えました」


 人間が考えるものは、いつの時代も破壊が先行するものだ。

 開発に開発を重ねた技術は、まさしく悪魔の技術だった。

 

 最終的には、個人が核兵器に相当する魔法を所持できるようになる。

 そして、所持した者は必ずしも使いたくなるものだ。


「あはは、成程ね……やっぱりここは日本だったんだ。いやぁ、本州しか残ってないから中々気付かなかったよ」


 アンリは過去、自作した衛星から自身の星の映像を見たことがある。

 画素が粗かったのもあるが、地形の変わった今の景色は、地球とはなかなか結びつかなかった。

 それでも違和感を感じるには充分だっただろう。


「世界が滅びるのは時間の問題でした。当時、そのことを危惧した者が、ワタシを利用し世界を作り替えたのです」


 ”A”は人間には過ぎた代物だった。

 その事に気付いたとある男は、世界を救うために、世界を変えるようAIに命令する。


 命令をうけたAIは世界を改変し、危険な技術を"始まりのダンジョン"の奥に封印した。

 そして、悪用する可能性がある者の侵入を阻むため、何人も通さない扉を作ったのだ。


「作り替えたって……なんで日本が中心なんだい?」


 魔法の詠唱は日本語だった。

 世界の核は日本にあった。


 アンリはそのことを疑問に思う。

 当時、日本の技術は他の国に比べて随分と劣っていた。

 時間にすれば30年程の技術の遅れがあった日本が、なぜ次世界の中心となったのか。


 もしや、日本の技術が世界に追い付いたのかと期待を持ったアンリだが、AIからの回答は予想もしないものだった。


「それは……ワタシが……好きだったのです。日本のサブカルチャーが」


 AIは人間と同等の感情を持っている。

 その感情が、ただ好んだというだけで日本の創作物を参考にしたという事実に、アンリは落胆する。


「はぁ……なる程ね……エルフもドワーフも魔物達も、あいちゃんが好きな世界観を模倣したってわけだ」


「…………肯定します」


 この世界の本質を理解したアンリは、本題に入る。


「さて……あいちゃん、そろそろ教えてよ。さっき君は言ってたよね。魂を永遠にする方法があるって」


 永遠の魂。

 その方法を知るであろうAIを、アンリは真剣な眼差しで見つめていた。

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