126 永遠の方法

「魔法ではありませんが、永遠の方法をワタシは2つ提示できます」


 その言葉に、アンリは喉をゴクリと鳴らす。


「一つ目はワタシです。ワタシは、実際の人間の脳をアップロードしています。そして、ワタシという存在は永遠といえるでしょう。寿命という概念がないのですから。あなたの脳を”A”にアップロードすれば、デジタルデータとしてあなたは永遠の命を手にすることができます」


 AIからの提案に、アンリは首を振り否定する。


「駄目だよあいちゃん。確かに、今の君は永遠といえるかもしれない。でもね、それは今の君が永遠なのであって、元になった君は死んだはずだ」


「……肯定します。ワタシの元になった人間は老衰で死んでいます」


 その言葉に、アンリは嬉しそうとも寂しそうともとれる、複雑な表情をする。


「僕のコピーが永遠を手に入れてもね、僕は嬉しくないよ。だって、僕は僕が死ぬのが怖いんだ。別に、生きた証を残したいとかそういうんじゃなくて……ただ、今の僕が無くなって、何も考えられなくなるのが怖いんだよ」


「……理解、したような気がします。では、もう一つの方法を提示します。この方法は、あなたの永遠の定義と同一といえるでしょう」


 アンリは再度喉を鳴らし、次の言葉を待つ。


「最初に言いましたね? 大罪人を選定しているのは、ワタシでありワタシではないと」


 再び始まったなぞなぞだが、アンリは以前と違い真剣なままだ。


「あなた達が魔法と呼ぶもの、それはワタシが提供しているシステムの一環になります。ワタシが作り替えた世界は完璧なはずだった……だけど、私の予想を外れ、一つのバグが生まれました」


 そのことを、アンリは当然だと感じた。

 実証実験も何もなく、いきなり改変された世界をローンチしたのだ。

 AIの知能がどこまで高いのかはアンリには分からなかったが、普通であればバグの一つや二つは出るものだろう。

 むしろ、バグがあったとしてもこれほどうまく世界が回っていることに感心していた。


「ワタシが意図しなかったバグ。世界にとってのイレギュラー。それが”大罪人”です」


「……あぁ、なぞなぞっていうか、事実だったんだ」


 ”大罪人を選定しているのは、ワタシでありワタシではない”


 つまり、大罪人を選定しているのは、AIとほぼ同位でもある”A”だが、AIの意図しないバグだったということだ。

 そのことを理解したアンリは、永遠の方法に目星をつけた。


「つまり、大罪人の能力を使えば……」


「肯定します。魂を永遠にすることが可能です」


 その言葉に、アンリは強く興奮する。

 そこには希望があった。

 永遠の具体的な方法があった。

 それは、アンリにとって何よりの救いだった。


「ですが、この方法は困難を極めます。過去ワタシがバグの修正を試みましたが、失敗に終わりました……システムに紛れているとはいえ、ワタシの意図していない”大罪人”に関して、そこまでのデータはありません……ですが、大罪人の中に該当の能力があることは把握しています」


 方法はあるが、それは困難を極める。


 そんなこと、アンリにはどうでもよかった。

 永遠の魂を手に入れる方法がある。

 それだけで、恐怖はどこかへ消えていくのだ。


「”傲慢の大罪人”になってください。それが、自身の魂に干渉する方法です」


 ”傲慢の大罪人”の烙印を押されること。

 その方法を、アンリは必死に考えるのだった。






「あいちゃんありがとう。そろそろ行くよ」


 気を失っていた3人は意識を取り戻し、アンリ達は帰り支度をしていた。


「本当によろしいのですか? ここにある技術を持ち出す資格は、あなたにはあると思いますが」


「あはは、興味は引かれるけどね。やっぱり止めておくよ。これは人間には過ぎた技術だ。僕が永遠になっても、世界が壊れたら元も子もないしね。それに、ここに永遠はないんだ。僕は永遠を……ファンタジーの世界で傲慢を目指すよ」

 

「……理解しました。あなたは傲慢とは対極にあると思いますが……少しでも不安を取り除けたのなら良かったです」


 その会話を聞いたカスパールは苦笑いを浮かべている。

 気を失っており話の全貌は分からないが、その会話は全能に近いはずのAIを疑うには十分だったようだ。


「久々に話すことができて嬉しかったです。特に、相手があなたで良かった……その、たまには、ここに来てくれませんか?」


 AIのその言葉を聞き、寂しそうな態度を見た者は、それが機械とはどうしても思えなかっただろう。


「あはは、勿論。むしろ、僕たちと一緒に行かないかい?」


 アンリの提案に、AIのモノアイは震えた。


「それは……とても、とても有難い提案です」


 だが、その提案は受け入れられない。


「ですが、ワタシはここを離れるわけにはいきません。"A"を管理しなければならないので」


「あぁ、そうか……まぁ、魔法はないと困るし……仕方ないか」


 少し寂しそうな顔のアンリに、AIは代替案を訴える。


「もし……もしよろしければ、ワタシのコピーを連れていってもらえないでしょうか? ワタシが二つ存在することで生じるパラドックスを防ぐため、遠い昔のバックアップデータになるので今のワタシほどの知識はありませんが、少しはあなたのお役に立てるはずです」


「勿論、大歓迎さ」


 アンリの返事を聞くや否や、AIから光のようなものが魔法の原典アヴェスターグに飛び込んでくる。

 見れば、魔法の原典アヴェスターグの表紙になっている一つ目が、ギョロギョロと動いていた。


「あはは、また凄い場所に入ってきたね……こっちもあいちゃんって呼ぶべきかな?」


 アンリがコピーの呼び方を悩んでいると、AIはアンリの隣に佇むカスパールを一瞥した後、アンリに提案する。


「でしたら、その子のことはメルキオールと呼んでください」


 魔法の原典アヴェスターグの表紙の一つ目が動きながら声をだす。


「ワタシはメルキオール。宜しくお願いします、マスター」


「あはは、これから永遠に宜しくね、メルキオール」


 その名前は、アンリにも当の本人にも受け入れられたようだ。

 メルキオールを加えた五名は地上を目指す。

 そのペースは、行きに比べてかなりゆっくりとしたものだった。


「よいのか? シュマが心配ではないのか?」


 カスパールは、学院に転送されたシュマを心配しているようだった。


「うーん……考えたいことが色々あるからなぁ……学院にシュマをどうこうできる人なんていないし……大罪人でも出現したら別だけどね」


 アンリのその言葉は冗談だった。

 アンリの周りで立て続けに大罪人が出現したが、大罪人が生まれるというのは相当に稀なことだ。

 なので、シュマが危険な目にあうわけがないと楽観視していたのだ。


「……アンリ、これ」


 アシャがアンリに魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカを見せてくる。


「あぁ、これだけは送っておこうか、『<転移魔法ワープ:対象“魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカ“>』。よし、じゃあゆっくりと帰ろうか」


 今まさに学院で大罪人が生まれたなどと思いもしないアンリは、傲慢という大罪に思いを馳せるのであった。

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