124 管理者権限

「うぉぉぉおおおおお!!」


 カスパールは困惑していた。

 AIの言葉を聞いたアンリは、先ほどまでとはまるで別人かのように活力を取り戻していた。


 ──ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


 カスパールが困惑する理由は、アンリが活力に溢れ過ぎていたからだ。

 ひたすら拳で黒いカプセルを殴り続けている泥臭い姿もまた、初めて見るアンリだった。


「ぉぉおおおおおおお!!」


 ──ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


 左手を負傷しているアンリは、ひたすら右拳でカプセルを殴り続けていた。

 アンリとカスパールが話している最中は、空気を読んでいたのか動かなかった機械だが、アンリが行動をとってからは近づいてきている。


「キャス! あいつを何とかしてくれ! ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんだ!」


 右拳から血を流すアンリの命令に、カスパールは笑いながら従う。


「かっはっは! よく分からんが、お主が元気になって良かったと思おう! 魔法の使えぬ魔法使いに何ができるか……いや、お主の弾除けぐらいにはなってやろうさ!」


 カスパールは再度、武装した機械に走り出す。

 身体強化魔法の使えないカスパールの動きは、”閃光”とはほど遠いものだった。

 しかしその姿は、アンリにとっては正しくきらめく光に見えただろう。


「ほらほら! 貴様の相手はわしぞ! アンリに用があるのなら、このか弱い女子を倒してからいくのじゃな!」


 カスパールは避ける、避ける、避ける。

 攻撃を受けながらも避ける。

 傷を付けながらもただ避ける。


 ただの1秒でも長く、機械の相手をする。

 ただの1秒でも長く、アンリの時間を作る。

 先ほどまでの絶望と違い、目標がある今の時間はこの上なく希望に満ちていた。


 カスパールの長い人生を振り返っても、今以上の気力に満ちた状態は無いだろう。

 魔法が使えなくとも、今できる最高以上のパフォーマンスを発揮した。


「ごふっ……がはっ!」


 だが、どう気力を保とうが、やはり現実は甘くない。

 魔法の使えない女が、武装した機械と向き合うこと自体が物理的に不可能なのだ。


 チェーンソーを優先的に躱したカスパールだが、その腹にもりの直撃を受けてしまう。

 ベアトリクスやアシャと同じように、血まみれのカスパールを捕縛した機械はアンリに向かいだす。


「あはは、随分好き放題やってくれたじゃないか」


 準備を完了したアンリからは笑みが見えた。

 絶対絶命の状況にも関わらず、不敵な様子のアンリをAIは不思議に思うも助言する。


「神よ、お逃げ下さい! 魔法を使えない貴方に勝ち目はありません!」


 その助言をアンリは全く聞き入れる様子はない。


 ──ガシャン、ガシャン


 施設が余程大事なのか、この部屋では銃を使うことはないようだ。

 カスパールの時と同じく、アンリをもりで突き刺そうとしている。

 今にももりが刺さるかという時、アンリは左腕を掲げ叫ぶ。


管理者権限アドミニストレータ発動! コード”8418635”! 初期化コールドスタート!』


 ──ウィィィィン…………


 アンリの叫びにより、武装した機械は急に動きを止める。

 そして、再度動き出したかと思えば、自分の仕事を忘れたかのように部屋の隅で待機を始めた。

 カスパール達3人は捕縛対象から外れたのか、地面に雑に放り投げられていた。


「ふぅぅぅぅ……助かった……」


 命の危険は去り、アンリは喜びの声を上げる。

 気付けばアンリの傷が回復している。

 全自動回復魔法フルオート・リジェネの魔法が発動するようになったのだろう。


 カスパール達に近づくと、3人の傷も癒えていることが確認できた。

 意識は失ったままとはいえ、死者は出なかったのだ。


「疲れたぁぁぁ……良かった、生き残った……」


 アンリは力が抜けたように腰を落とす。

 カスパールの髪を撫でているアンリに、AIは話しかける。


「神よ……今のは一体……?」


 AIは混乱していた。


「今の魔法は一体……いや、なぜ魔法が使えたのですか……?」


 全能ともいえるAIであるが、たった今目の前で起こった出来事を信じられないようだ。

 そんなAIにアンリは振り返る。


「あはは、あいちゃん。気付いてたよ、気付かないふりをしてきたけど……」


 その顔は、笑っているがなんとも寂しさを感じさせた。


「今のは魔法じゃないよ。ただあの機械を初期化しただけさ」


「理解しました。しかし理解できません。神よ、なぜあなたがそんな権限を持っているのですか?」


 アンリは周りを見渡す。

 今この場で意識を持っているのはアンリとAIの二者だけだった。

 アンリは両手を広げ、仰向けに寝ながら返事をする。


「ここは地球なんでしょ? 権限を持ってるのは当然さ。だって、あれを作ったのは僕なんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る