123 絶望希望

 ──ウィィィィィィィン


 機械の駆動音を聞きながら、アンリとカスパールは最奥の部屋を目指していた。

 ふらふらと幽霊のような足取りのアンリの後ろには、一つ目のAIも浮遊して付いてきている。


 そして、目的の部屋へたどり着いた時、カスパールは首を傾げる。

 そこには、つい先ほど見たような黒い装置と同じぐらいの大きさのカプセルがいくつも並んでいた。

 その数は多く、アンリのジュース部屋とはいかないまでも、3桁は超えているだろう。


「なぁ、AIといったか? この部屋はなんじゃ?」


 全く見当のつかないカスパールは、後ろにいる一つ目に声をかけた。


「分かりません」


 その答えを信じられないカスパールは追及する。


「はぁ? ここを守っておったのはお主ではないのか? 知らぬわけがないじゃろうが」


「分かりません。この部屋に人を入れるなとは命令されていましたが、ここの用途は知りません。ですので、ワタシも付いて来たのです」


「はぁ……人に入るなと言いながら自分も入るとは……なかなか面の皮が厚いようじゃな」


「面の皮はありません。機械ですので」


 二人の会話を無視して、アンリは部屋中を探索する。

 しかし、アンリの希望はそこには無かったようだ。


 座り込んでしまったアンリに、AIが声をかける。


「神よ。この部屋が何か分かりましたか? あなたの探している魔法は見つかりそうですか?」


 その質問に、アンリは遂に顔を伏せてしまう。


「この部屋はなんとなく分かったけどね……駄目だったよあいちゃん……やっぱり、この世界はどうしようもないみたいだ。この世界にあるのは絶望だけだったんだよ」


 その答えにカスパールは勿論、AIの目も悲しみくれたように見えた。


「神よ。何かワタシにできることはありませんか?」


 その問いに、アンリは俯きながら答える。


「じゃぁ教えてよあいちゃん……人は……死んだらどうなるんだい? 消えた魂はどこにいくんだい?」


「データベースにありません」


 しかしアンリの質問にAIは答えられない。


「人はなんで生きているんだい? なぜ人は産まれながらにして、死という呪いを持っているんだい?」


「……データベースにありません」


「永遠は罪なのかい? 死にたくないってのは、そんなに許されないことなのかい?」


「…………」


 AIは答えられない。

 事実をそのまま伝えることを躊躇している様は、まさに人間に見えただろう。


 永遠は存在しない。

 それは世界の真理だ。

 そして、それはこの場でも同じだった。


 ──ガシャン、ガシャン


 カスパールが音の鳴る方を見れば、先ほどの武装した機械がやってきていた。


「なっ!?」


 機械から複数伸びている手には、ベアトリクスとアシャが捉えられている。

 二人とも血を流し意識を失っているようだ。

 もしかしたら死んでいるのかもしれない。


 魔法が使えない今、命の危機が迫っているのにアンリは特に行動を起こそうとしていない。

 立つこともしないアンリを、カスパールが無理やり引き起こす。


「アンリ! まずいぞ! なんとか逃げるぞ!」


 カスパールの言葉に、アンリは力なく答える。


「あはは……面白いこと言うね。逃げるってどこにさ……どこに逃げたって、死は追いついてくるのに」


 完全に活力を失っているアンリを寂しそうな目で見つめたカスパールは、四足歩行の機械に向き直る。


「アンリをやらせはせん……”閃光のカスパール”を舐めるなよ……っ!」


 カスパールは剣を抜き走り出す。

 しかし、現実は甘くはない。

 魔法の使えないカスパールは、まるで相手にならなかった。


「がはっ!?」


 攻撃を受け、カスパールはアンリの近くに吹き飛ばされる。


「……閃光のように戻ってきたね」


「この……たわけが……お主、死にたくないのじゃろう!? 永遠に生きるのじゃろう!?」


「死にたくない……か。勿論、死にたくないさ。でも、永遠なんてない……いつかは死ぬんだ……どうせ死ぬなら、今頑張っても何も意味がないじゃないか……」


 生気を失った瞳のアンリに、カスパールは怒鳴る。


「諦めるな! 生きることを諦めるな! 意味のないことなど、何一つとしてありえぬわ!」


「なんで……なんで分かってくれない……いつか死ぬこと……いつか無くなること……それがどんなに怖いことか、なんで分かってくれないんだ……」


 アンリの目からは涙が溢れ出していた。

 泣き顔が似合わない男の涙を初めて見たカスパールは茫然とする。


「……いつかは無になるのに、なんで皆楽しく笑えるんだ……なんで安心して寝られるんだ……生きるってことは、死ぬのを待ってるってこと……息を吸うだけで怖いじゃないか。息を吐くだけで震えるじゃないか」


 一体、人はどれほどの哀しみと絶望を背負えば、今のアンリのような顔になるのだろうか。


「誰も理解していない……誰にも理解されない……僕は一人で、孤独で……そうだ、死んだら消えて無くなって……一人ですらなくなる。怖い……怖いんだよ……っ!」


 アンリの言葉を直接受けたカスパールも恐怖に襲われる。


「死ぬのが怖い! 無くなるのが怖い! 考えるのが怖い! 生きるのが怖い! 何をしても怖い! 何もしなくても怖い! ただただ怖い! 怖いんだよ!! そんな世界……存在することが、存在しているだけで絶望じゃないか!!」


 大声で泣き喚くアンリを見て、どうしようもなく辛くなったカスパールはアンリを強く抱きしめる。


「お主は一人じゃない! お主は孤独じゃない! お主の周りには、いつだって皆がおったじゃろう!」


 カスパールもまた、アンリと同じように大粒の涙を流す。


「怖くて眠れない夜は一緒に寝てやる! 不安に駆られた時は抱きしめてやる! 魂になっても永遠に添い遂げてやる! だから、だからアンリ! 今を生きることを諦めるな!」


 カスパールの想いを受けたアンリは、心の何処かに暖かいものを感じていた。


「……ありがとう。あはは……キャスみたいな美人にそこまで言われると男冥利に尽きるね……でも魂はいつか風化しちゃうんだ……永遠は……ないんだよ……」


 少し元気を取り戻したとはいえ、まだまだ悲嘆の涙が見えるアンリに、AIは告げる。

 それは、AIにとってはせめてもの慰めだったかもしれない。


「神よ。魂だけでいいのなら、永遠は可能かもしれません。その方法は魔法ではなく、目標を達成する確率は低いかもしれませんが……」


 だが、その言葉はアンリにとっては、何よりも重大な事実だった。


 アンリの胸に炎が灯る。

 その炎は憤怒の感情から燃えるものではない。

 希望に満ちた顔で、アンリは武装した機械を見つめるのであった。

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