127 アエーシュマ救出戦5

 フォルテとテレサは、ウラジーミルの魔の手からシュマを救うため、最後の障害である"さん"と戦闘していた。


「うぉぉぉ! 狩れ! 剛竜剣!」


 その短くなった詠唱から、フォルテに余裕がなくなっているのが分かる。


「あぶねぇ! こいつ……ホントに使用人かよ……っ!」


 二人の想定より、”さん”は相当に強かった。

 口元のチャックが不気味ではあるが、身長が高いとはいえ体つきは細身の男がここまで戦えることに驚きつつも焦りが募る。


 ──ガギィィィン


「あの斧……剛君でも叩き斬れない……っ!」


 過去、”さん”はあまりにも弱く、使い物にならないとアンリに判断された。

 そのため、せめて”ハンバーガー”程度には戦えるよう特別な処置が施されていた。


 獲物である斧もそうだ。

 元々が平民である”さん”の魔力は心もとないため、フォルテと同じように黒魔鉱石は扱えない。

 そのため、アンリが”さん”に渡した斧の素材は、ひたすら頑丈で重いものだった。


 常人であれば、その斧を振り回すこと自体が困難かもしれない。

 しかし、”さん”は少なくともアフラシア大陸では一番斧を振ってきた。

 力だけに頼らず、技術や遠心力を活用することにより、”さん”はその斧を自分の手足の一部にしていた。


「やばっ!」


 だが、アンリによる恩恵を受けていたのは、フォルテとテレサも同じだった。

 フォルテは、覇王剛竜剣という純粋な武器を提供をされた。


「伏せなさいフォルテ! 『弾けろ! <小規模爆裂魔法ばんっ!>』」


 そして、テレサもまたアンリの恩恵を受けていた。

 それは、魔法の原典アヴェスターグからの魔法の提供だ。


 通常、詠唱を行うことで、世界の核から魔法が提供される。

 その詠唱は、威力が上がれば上がるほど長くなり、その間の隙を晒すことは戦闘時のネックとなる。


 しかし、アンリはテレサに魔法の原典アヴェスターグを核代わりに提供している。

 つまり、アンリの考えた短い詠唱でオリジナル魔法を使えるのだ。


「まだまだぁ! 『頭が高い! <加重魔法跪け>!』」


 勿論、オリジナル魔法が全て使えるわけではないが、実践的な魔法を簡易詠唱で利用できるのは、魔法使いにとっては破格のアドバンテージだろう。

 

「────っ!!」


 互角に見えた戦いだが、どうしようもない事実がその明暗を分けた。


「いい感じだぜテレサ! もう一押しだ!」


 数である。

 二人対一人。

 それは、この場に於いてこれ以上ないアドバンテージだった。

 堪らず膝をついた”さん”を見て、フォルテは剣を下す。


「ふぅ……こいつ、強かったな……ウラジーミルの洗脳が解けたら、また戦ってくれよな!」


 フォルテは戦闘が終わったと思い、戦闘の意識を解除してしまう。

 フォルテからすれば勝敗は決したのかもしれないが、”さん”にとっては違う。

 その差は、学生と、理不尽な世界社会を経験した者の意識の違いから生まれたのかもしれない。


 ──ジジジジジ


 ”さん”は自らの手で、自身の口元のチャックを開きだす。

 その行動を見ていたテレサは、謝罪の言葉でも出てくるのかと思っていた。

 だが、次に見た物を見て動揺し大声を上げる。


「気を付けてフォル──」


 見た物は、魔法刻印だ。

 シュマに刻まれている物と同じような形状の刻印が、”さん”の舌に施されていた。

 シュマに施されている物と違い、どこか子供の落書きのように雑に刻まれた刻印が光った時にはもう遅かった。


「──がはっ!?」


 ”さん”の口内から出た、得体の知れない蛇のような魔物がフォルテを襲う。

 フォルテの腹を貫通した蛇は、そのままフォルテの体に纏わりつく。


「フォルテ!?」


 フォルテは蛇に巻きつかれたまま倒れた。

 蛇に絞められ意識を失っているようだが、蛇の隙間から漏れてくる出血量を考えれば、早めに回復をしなければ待っているのはあの世だろう。


「フォルテ! 今助け──ごふっ!?」


 学友の傷に意識を取られたテレサを、”さん”の拳が襲う。


「あ……んた……っ」


 そのまま”さん”はテレサを押し倒し、馬乗りになる。


「え……?」


 テレサは、まさか想像もしていなかっただろう。

 ここまで思い切り、男に殴られるということを。


 ──ごすっ


「ぎゃっ!?」


 その痛みは、テレサのこれまでの人生の中で、間違いなく一番だった。

 初めてを経験した少女の目からは涙が流れる。


 そしてその涙をみた獣は、興奮し更に大きな快感を求める。


 ──ごすっ、ごすっ


「ぎゃっ! あぁっ!!」


 ”さん”は歓喜していた。

 アンリの奴隷になってからの”さん”は、まさに羊だった。

 狩られる存在。

 顔色を伺うだけの人生。


 シュマの下僕となってしばらくすれば、いつの間にかシュマのお仕置きを焦がれるようになっていった。

 だが、”さん”の本質は元からそう変わっていない。


 ──ごすっ、ごすっ


 ”さん”は奴隷になるまで、小さな子供を拷問することを趣味としていた。

 孤児を狙って攫っていたため捕まるまでに時間がかかり、最終的な被害者は72人となっていた。

 72人の子供を、飽きるまで拷問し、殺したのだ。


 ──ごすっ、ごすっ


「お願い……許ひて……」


 テレサは必死に腕で顔への暴行を阻んでいたが、”さん”は構わず殴り続ける。

 遂に神経が伝わらなくなったのか、両腕の力が入らなくなったテレサは、無防備な顔を晒し泣きながら懇願する。


「助け……お願い……」


「…………」


 ”さん”はしばらくテレサを眺めた後、問いかける。


「お、お前は……俺を愛して、愛しているか……?」


 テレサにはその質問の意図が分からない。

 だが、この苦痛を逃れるため、必死に言葉を絞り出す。


「愛ひてます……愛いてますはら……許ひへ」


 その言葉を聞いた”さん”は歓喜の表情を浮かべた。


「あぁ、ありがとう……俺も……俺もお前を愛そう」


 ──ごすっ、ごすっ


 そして、再び地獄が始まる。


 ──ごすっ、ごすっ


 大の大人が小さな子供を殴り続ける。

 通常であれば、一分を待たずにテレサは死を迎えるだろう。


 だが、”さん”は、そんなミスは侵さない。

 ”さん”が主からされた命令は、”人を部屋に入れるな”と”殺すな”である。

 逆に言えば、殺さなければ何をしてもいいという事だ。


「やめへ……はふへ……ふぉるへ……」


 助けの声は届かない。

 フォルテもまた、あの世の一歩手前を彷徨っているのだ。


 ──ごすっ、ごすっ


 ”さん”は絶妙な力加減でテレサを殴り続ける。

 ”さん”にとっての天国と、テレサにとっての地獄はまだまだ続く。

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