121 アエーシュマ救出戦3 side:ウラジーミル

 世界はどうしようもなく不公平だ。


 僕がそれに気づいたのは、魔法学院パンウェニオンに入学した時だった。


 それまでは、周りの大人はみんな褒めてくれた。

 使用人達は、僕のことをカッコいいと言ってくれた。


 でも、それは家の中での話だ。

 学院の生徒からの反応は違うものだった。

 僕が何をしても、褒めてくれる人はいなかった。

 僕が何を話しかけても、女の子はみんな嫌な顔をして離れていった。


 あぁ、そうだ。

 たった一つの理由から。


 僕の見た目が気持ち悪かったから。

 ただそれだけ。



 ふざけるな……


 ふざけるな…………っ!


 ふざけるなぁぁぁぁぁああああああ!!!



 なにそれ!?


 なに!?


 僕が何をした!?


 何で?


 なにが気持ち悪い!?


 顔!?


 体!?


 はぁぁぁぁぁあああ!?


 僕は努力してきたんだ!


 一流の魔法使いになるために、誰よりも努力してきたんだ!



 お前! そこのお前だよ! 笑ってるお前!

 女の子と楽しそうに話してるお前は、何をしたんだよ!?

 どんな努力をしてきたんだよ!?

 教えてくれよ!

 楽しく笑えるための努力を、教えてくれよ!!


 酷いよ神様!

 これは、いくらなんでもあんまりだよ!

 こんなのってないよ!!


 僕は……ただ、笑い合いたいだけなのに……

 僕は……女の子と話したいだけなのに……



 世界はどうしようもなく不公平で……


 世界は痛いくらいに残酷で……


 世界は僕に居場所を作ってくれない……






 僕は人と話すことが嫌いになった。

 魔物と話すほうがとても楽しい。

 逃げてるってのは分かってる。

 でもそれでいい、楽だから。





 僕が魔法学院の教師となってしばらくすると、一人の女の子が話しかけてくれた。


「うふふ、ウラジーミル先生。私に使い魔のことを教えてくれない?」


 天使だった。


 シュマちゃんは他の女と違った。

 いつも僕に笑顔を向けてくれた。

 いつも僕に話しかけてくれた。


 もしかしたら、僕のことを好きなのかもしれない。

 僕も、シュマちゃんのことがたまらなく好きだ。


 あぁ、シュマちゃん、可愛いよシュマちゃん。

 可愛い、あぁあぁぁくんかくんかしたい。

 いい匂いがしそう、想像しただけでいい匂いがする。


 神様の後押しもあり、シュマちゃんと二人きりの時間を作ることができた。

 これまでの人生に絶望した分、僕はこれから幸せになれるのだろう。



 でも、僕は地獄に突き落とされる。


「先生の物にはなれないわ」





 え?


 なにそれ?


 えぇ? そりゃないよシュマちゃん……


 おかしいよ! そりゃないよ!


 シュマちゃんもあんなに笑ってたじゃないか!


 僕のこと好きだったじゃないか! おかしいよ!!


 裏切った!? 裏切られた!!??


 僕はこんなにシュマちゃんを好きなのにぃぃ!!


 シュマちゃんが僕を好きじゃないと、不公平だぁぁぁ!!





 シュマちゃんを殴り続けて冷静になった時、僕の研究棟に侵入者が入ってきた。

 執行人の御三家に睨まれた僕は、このままだと殺されるだろう。


 辛い。


 なんて辛い人生だったんだ。


 そもそも、これは人間の生だったのかな。




 ──ばちぃぃぃん!


 これは八つ当たりかもしれない。


 ──ばちぃぃぃん!


 僕を裏切ったシュマちゃんへの報復かもしれない。


 ──ばちぃぃぃん!


 ただひたすら、シュマちゃんを打ち続ける。


「せんへい、─っほ──」


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


「ひぃは、ほっほ、──ほひへ」


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


 シュマちゃんが何か言っているけど、聞き取れない。

 シュマちゃんが喋れてないのか、僕が取り乱しているのか。


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


 ──ばちぃぃぃん!


 大好きなシュマちゃんを殴り続け、僕の血は、特に下半身の血が滾っていく。

 あぁ、可愛いよシュマちゃん。


 ──ばちぃぃぃん!


 可愛い!! 愛してる!! 愛してるよシュマちゃん!!


 ──ばちぃぃぃん!


 そうだ! 最初からこうしておけば良かったんだ!!


 ──ばちぃぃぃん!


 この征服感! どうしようもなく快感だ!


 ──ばちぃぃぃん!


 気持ちいい! シュマちゃん! 気持ちいいよ!


 ──ばちぃぃぃん!


 これだ! これが僕の求めていたものだ!!


 ──ばちぃぃぃん!


 もっと、もっと気持ちよくなりたい!!


 ──ばちぃぃぃん!


 あぁ、シュマちゃん愛してる! もっと! もっと!


 ──ばちぃぃぃん!


 世界中を敵に回しても、シュマちゃんを愛してるよ!!


『告 ──────色──大罪────ました』


 何か聞こえたけど、うまく聞き取れない。

 なんだろう、快感が更に高まってきた気がする。


「うひょひょ! シュマちゃん! ずっと一緒なんだな!」


 ──ばちぃぃぃん!


「シュマちゃん好き好き! 涙と血でぐしゃぐしゃになった顔も世界一可愛いよ!」


 ──ばちぃぃぃん!


「シュマちゃんと一緒にいたい! あの邪魔な二人は殺すんだな!」


 ──ごすっ、ごりっ


「その後はあのふざけた黒髪の糞ガキも殺すんだな! 偉そうにしやがって! シュマちゃんは僕のものなんだな!」


 ──ごすっ、ごすっ


「今ならあの糞ガキにも勝てる気がするんだな! 何がSランクだ! 何が死の神だ! 馬鹿馬鹿しい!」


 ──ごすっ、ごすっ


「そうだ! あいつの手足を千切って僕達が愛してる姿を見せてやるんだな! うひょひょひょひょ!!」


 ──ごすっ、ぼきっ


 もう我慢できない。

 平手じゃ駄目だ、もっと、もっとだ!


 ──ぐしゃっ、ごすっ


 気付けば、いつの間にか僕の手は握りこぶしに姿を変えていた。

 歯にでもあたったんだろうか。

 僕の拳からも血が流れている。


「ひょひょひょひょひょ! でも流石に僕は先生だから、生徒を殺すのは駄目なんだな!」


 あぁ、愉しい、気持ちいい。

 この時間が、一生続けばいいのに。


 だからまずは、糞ガキ二人に邪魔されないようにしなきゃ。

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