114 奴隷の王

「これはこれはトーマス様。ええ、ええ、お待ちしておりましたとも。いつも当店をご利用いただき、ありがとうございます」


 奴隷商であるムクタフィは、馴染みの客であるトーマス・マキシウェルを奥の部屋に案内する。

 トーマスは椅子に座りながら、既に並んでいる奴隷に目を走らせていた。


「今日も王はいないのか?」


 トーマスからの質問に、ムクタフィは申し訳なさそうな顔をする。


「えぇ、えぇ、王はとてもお忙しいので……本日は、代理の者に応対させていただきます」


「トーマス様、よろしくお願いします」


 突如、対面の椅子から女性の声が聞こえてきたことにトーマスは少し驚くも、何時ものことなので言及しない。

 声を上げて初めて存在が認知されたジャヒーは、認識阻害魔法によりその顔まではトーマスに認知されなかった。


「ぬぅ……王に直接相談したかったのだが、仕方あるまい」


 トーマスが王と呼んでいるのは、アフラシア国王のことではない。

 奴隷の王。

 つまり、アンリを王と呼んでいたのだ。


 アンリが元請けで販売している魔力持ちの奴隷は、最初こそあまり浸透されなかった。

 皆、高魔力の奴隷がいつ反旗を翻すか不安だったからだ。


 しかしある時、アンリから奴隷を購入した貴族は、奴隷にこう命令する。


 ”自害しろ”


 従来の奴隷では、その命令は自身の生命に直結するため遂行することは稀である。

 しかし、魔力持ちの奴隷はその時、とびきりの笑顔で心臓に剣を突き立てたのだ。


 主人の命令を必ず聞く、高い魔力量を持った戦闘奴隷。

 それは、飛ぶように売れていった。

 自身の護衛や、冒険者代わりの便利屋扱い、秘匿しがちな魔法の伝授等、いくらでも需要があるからだ。

 更には、最近建設された”夢の島”にある闘技場に、自身の戦闘奴隷を出場させる者も増えていた。

 より強い、より高額な奴隷を所持していることが、一部の貴族の中では一種のステータスになっていたのだ。


 販売しているアンリは認識阻害魔法により顔が分からず、呼び名も無い。

 誰が呼んだか、”奴隷王”という異名は、貴族たちの胸にすとんと落ちた。

 アフラシア王国において、国王以外を王と呼ぶなど、不敬の極みであるといえるだろう。

 それでも、”奴隷王”の先進的な技術と莫大な魔力を恐れ、その呼び名はこの界隈で浸透していったのであった。


「獣人族の戦闘奴隷……?」


 いつも通り奴隷を3人程選んだトーマスに向け、ジャヒーは獣人族の奴隷の紹介をしていた。


「えぇ、最近獣人族の奴隷が大量に仕入れることができましたので。人間の戦闘奴隷よりも、幾分かお安くなっています」


 ジャヒーの説明を聞くも、トーマスは首を横に振る。


「いや、いい。呪われた獣など見たくもない。いくら安かろうが、買うことはないな。これは、他の者も同じ意見だと思うが……」


 ジャヒーの後ろに並ぶ奴隷の中に獣人族は交じっていたが、フードを被っているのでトーマスには気付かれなかったようだ。

 トーマスの言い分を聞いた獣人族の奴隷は絶望する。

 自分達には、奴隷となりアンリの管轄から離れるという選択肢が無いと知ったからだ。


「しかしなご婦人、それはアフラシア王国での話だ。他の大陸となれば、呪われた獣にも寛大な国があると聞く。そちらで販売してみてはどうだ?」


「ご助言、感謝いたします。主にもそのようにお伝えしておきます」


 獣人族の奴隷には、トーマスの提案が天から吊るされた糸のように見えた。

 希望はまだあると、明日を夢見てすすり泣く声まで聞こえてきていた。


 なんとなく事情を察したトーマスは、少し奴隷達に同情をする。

 そして、ばつが悪くなり席を立とうとするが、先にジャヒーから言葉が発せられた。


「トーマス様。本日は主がご不在ですが、何かご相談事があったのでは? 失礼ながら、私のほうでご用件を聞かせていただきましょうか?」


 トーマスは思案する。

 できることなら奴隷王に直接話したいが、こうも不在が続くといつになるのか分からない。

 そのため、目の前の女性の提案を受け入れ、相談することにした。


「うむ、実はな……金はいくらでも払う。だから、とんでもなく強い戦闘奴隷が欲しいのだ。奴隷王であれば、可能ではないかと思ってな」


「とんでもなく強い……とは、少々抽象的過ぎるかと存じます。具体的に、どなたか勝利したい人物がいらっしゃるのでしょうか」


 ジャヒーの指摘は尤もだ。

 強さの基準など、人それぞれである。

 トーマスにとっての”とんでもなく強い者”は、アンリにとっては”一般人A”かもしれないのだ。


 そのため、ジャヒーは具体的な人物を指定した。

 そして、トーマスからの回答に目を見開くのだった。


死ノ神タナトス……最年少Sランク冒険者、アーリマン・ザラシュトラ。あの神童に勝てる奴隷は用意できるか?」


 瞬間、部屋の空気は張り詰める。

 ジャヒーは勿論、ムクタフィもとんでもない圧でトーマスを睨みつけた。


 何かが不味いと瞬時に判断したトーマスは、急ぎ部屋から脱出しようとする。

 だが、それは間に合わない。


 ──ダンッ!


 トーマスの右足は吹き飛んでいた。


「がぁぁぁぁ! な、なにをぉぉぉ!」


 トーマスは倒れ、痛みから顔を歪めながらもジャヒーを見れば、筒状の金属の口が自身を向いていた。


「魔法具……!? 痛いぃぃぃ!」


 トーマスは必死に考える。


 自身が撃たれた理由。

 ムクタフィが止めない理由。

 奴隷達の顔色が悪くなっている理由。


 そして、ついに理解した。

 自分がとんでもない地雷を踏んでしまったことを。


「ふふ、ふふふふ。素晴らしいでしょう? 魔法具ではないですよ。この銃はアンリ様が作成されたのです。名前を”ウィンチェス太”と言います。魔力が無くても扱える、魔法具を越えた武器なのです」


 ジャヒーが主の名前を口にしたことで、トーマスは悟る。

 自分の命がここで終わるということを。


 トーマスの息子のダニエルは、アンリとの決闘以降、部屋に閉じこもり出てこなくなってしまった。

 トーマスとしては、息子をなんとか再起させようとしての相談だったが、如何せん方法と相手が悪かった。


「ふふふ、安心してください。とんでもない不敬を働いたとはいえ、あなたにまだ死相は出ていません。これは奇跡と言えるでしょう」


 足の痛みを我慢しながら、トーマスはジャヒーを見る。

 いつの間にか、ジャヒーの認識阻害魔法は解かれていた。


「丁度、アンリ様からあなたへのお願いがあったのです。アンリ様は奴隷をアフラシア内で更に浸透させたいとお考えです。あなたがあなたの知り合いに、アンリ様の奴隷を紹介しなさい。アンリ様は10人程とおっしゃっていましたが、今回の不始末としてあなたの誠意をお見せなさい。ふふ、取り分の1割はあなたに入るのですから、とんでもなくいいお話でしょう?」


 なぜスクロールビジネスを成功させたザラシュトラ家が、そこまで奴隷の販売を拡大するのか。

 なぜ”夢の島”での事業を成功させたアンリが、そこまでお金を欲しがるのか。


 トーマスの頭の中には様々な疑問が出てくるが、壊れた玩具のように首を縦に振ることしかできなかった。

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