113 休学届

「久しぶりだなアンリ! 学院に来ずに何してたんだよ!」


 アンリが学院に行けば、フォルテが声をかけてくる。

 そろそろ授業が始まるというのに、フォルテの背には大剣が背負われていた。


「久しぶりだねフォルテ。色々忙しくってね。それにしても、なんだっけ……真・覇王剛竜剣だっけ? 授業の時は必要ないんじゃないの?」


「違う! 真打ち・覇王剛竜剣零式マークⅡだ!」


 強く否定されたことにアンリは驚く。


「しん……零式……? マークⅡ……? ……え? なんだって?」


「だから、真打ち・覇王剛竜剣零式マークⅡだって! 普段は剛君って呼んでるけどな!」


 知らないところで高性能の剣が、ある種残念な名前になっていたことを知り、アンリは剛君に同情する。


「フォルテ……その、剣の名前なんだけどさ。零式とかマークⅡとか、色々ついてて呼びづらくないかい? そもそも、なにか意味をもってつけているのかい?」


 アンリの質問の意図をあまり理解できていないのか、フォルテは不思議な顔をアンリに向ける。


「俺って馬鹿だからよく分かんねぇけどよ、色々ついてたほうが、カッコ良くて強そうに聞こえないか?」


 純粋な目を向けられたアンリは言葉に詰まる。

 フォルテにかける言葉が見つからないアンリに、遠くから声がかかる。


「あれ? アンリじゃん! 久しぶり! どうしたの? 未来の奥さんに会いにきた!?」


 アンリを遠くで見つけたテレサは、笑いながら近付いてくる。


「生徒が学院に来るのにどうしたはないでしょ。それで? 未来の奥さんって?」


 突如出てきたワードにアンリは反応する。

 困惑している様子のアンリを見たテレサは、ニヤリと笑いながら声を潜める。


「アシャよ、アシャ。噂になってるよ? 前にあった祝勝会で、アシャがアンリに抱きついたって」


「噂にしたのはテレサだろ! お前が面白がって──いてぇ!!」


 フォルテの頭に拳骨を落とし、テレサはアンリに向き直る。


「それで、どうなの実際」


 テレサからの追及に、アンリは肩をすくめる。


「どうなのと言われてもね。何にもないよ、ほんとに」


「ほんとかアンリ!? アシャは可愛いじゃねぇか! ここにいる雌と比べたら──いてぇ!!」


 テレサは再度フォルテに拳骨を落とす。


「アシャとは何もないんだ……じゃぁさ、隣のクラスにいるリーゼロッテはどう? 色んなクラスの男子に人気だし、格式的にも申し分ないでしょ!?」


 ゴシップ好きと思われるテレサの取材に、アンリは苦笑いを浮かべる


「あはは、特に何も思わないかな。今のところ、結婚相手は父上に任せるつもりだよ」


 アンリは前世で妻子を持っていた。

 一度永遠の愛を誓った手前、今更誰かに本気で恋をすることは気が引けるので、結婚や婚約というものに抱く感情は特に無い。

 また、自身が永遠に生きるつもりでいるので、子孫を残さなければという使命感は全く無く、誰かと子供を作るという未来が想像できないでいた。


「そうだなぁ、例えば王族の娘とかなら一考の余地はあるかな」


「はぁ!? アンリ、お前何言ってんだ!? そんなの、馬鹿な俺でもありえないことは分かるぜ!?」


「あはは、まぁそれぐらい、僕と恋愛は縁が無いってことだよ」


「はぁ……つまんないの。それでアンリは、何しに学院に来たの?」


 アンリの答えはテレサのお気に召さかったようだ。

 瞬時に興味を失ったテレサは、フォルテと同じ疑問を口にする。


「いや、だから僕が学院に来るのは普通のことじゃ……まぁいっか。学院長に会いに来たんだ。少し集中したい案件があってね。休学届の提出だよ」


 アンリの言葉に答えたのは、思いもよらない人物だ。


「ふぉっふぉっふぉ。それは集中したいことの内容次第じゃな」


 突如教室に現れた学院長に、一同は驚き手を止める。


「学院長!? どうしてここに?」


 例に漏れず驚いたアンリは、皆の疑問を代弁する。


「ふぉっふぉっふぉ。アンリが久々に通学したと聞いてな。様子を見に来たんじゃ。それで? アンリは学院を休んでまで、何をしようとしておるんじゃ?」


 笑いながらも、鋭い眼光で学院長はアンリに質問する。

 下手な嘘は後々面倒になると思ったアンリは、正直に学院長に報告することにした。


「実は、”始まりのダンジョン”を攻略しようと思いまして。最難関のダンジョンと聞いているので、一日やそこらでは無理かなと考えているのです」


 答えるアンリの顔を学院長は覗き込む。

 その目はいつになく真剣で、子供に向けるものとは思えなかった。


「ほう? どうしてアンリはそこのダンジョンを目指すのじゃ? 他にもダンジョンはいくらでもあるじゃろう? 最近では、”不思議なダンジョン”も発見されたではないか?」


「あはは、ほら、”始まりのダンジョン”は最古のダンジョンと言われながら、まだ攻略者は出ていないのでしょう? 腕が鳴るってもんですよ。Sランクに上がったとはいえ、僕はまだ成長したいのです」


 アンリをしばらく睨みつけていた学院長は、ふいに笑顔になる。


「ふぉっふぉっふぉ。そういうことなら、休学届を受理しよう。この学院から、”始まりのダンジョン”の攻略者が出ることを楽しみにしていおるぞ。それでは失礼」


 満足して教室から出ていった学院長と入れ替わりで、小太りの男がアンリに詰め寄ってくる。


「あ、アンリ君! シュマちゃんは!? きき、君の妹のシュマちゃんが最近学院に来てないんだな! ぼぼ、僕の、僕の授業も休んでいるんだな! シュマちゃんがとても興味を持っていた使い魔の授業なのに! な、何か知らないかな!?」


(久々に学院に来たらお客さんが多いなぁ……この人誰だっけ。どっかで見たことあるんだよなぁ)


 その表情から、アンリが小太りの男の名前を忘れていると察したテレサは、さりげなくフォローをいれる。


「ウラジーミル先生、ちょっと落ち着きましょうよ。別にアンリはシュマの保護者じゃないんですよ?」


 テレサが男の名前を呼んだことにより、アンリの記憶が呼び起こされる。


(あぁ、あのロリコン教師か。どんだけシュマのこと好きなんだよ……)


 この機会に、アンリはウラジーミルへ釘をさすことにする。


「ウラジーミル先生、少し入れ込み過ぎじゃないですか? 別にあなたはシュマにとっての特別じゃないんですよ? それに、もう使い魔の授業はシュマには必要ないと思いますし……会うこと自体無いんじゃないかな」


 その言葉を聞いたウラジーミルの顔は、みるみるうちに真っ赤になる。

 それは、最近流行りとなっている"たこ焼き"の具材となっている生き物を彷彿とさせた。


 何か反論しようとしたウラジーミルだが、先にアンリが言葉を続ける。


「悪いけど、シュマと先生じゃぁ釣り合いがとれないというか、分不相応というか……。もしシュマに何かあれば、先生には永遠に反省してもらうことになりますよ? それじゃぁ、僕はダンジョンに用がありますので」


 その後、発狂したかのように怒鳴り声を上げるウラジーミルに対し、テレサ達はなだめることを早々に諦めるのであった。



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 アンリ率いる”永遠の炎”は、始まりのダンジョンにやってきていた。

 正規のメンバーであるアンリ、シュマ、カスパールに加えて、使い魔としてダハーグ、アシャ、ベアトリクスも付き添っており、6人のパーティーだ。


 ──ぺきっ

『我が祈りで体を癒せ<回復魔法ヒール>』


 ダンジョンの入り口で、アンリはすっかり癖づいた魔法を唱える。

 その魔法は、いつも通りの結果を生むが、アンリはとても嬉しそうだ。


「あは、あはは! 間違いないね! やっぱりこのダンジョンから魔法という事象の提供を感じる。ここが、このダンジョンこそが、世界の核とも言える部分だ!」


 アンリは、詠唱を行う事でどこかから魔法が提供されていることを感じていた。

 そして、カスパールと協力し魔法の提供場所を調査した結果、この”始まりのダンジョン”に目星を付けたのだ。

 ”始まりのダンジョン”は入場にBランク以上という制限がついている。

 だが、今やアンリ達はSランクとなっているため、何も問題にはならなかった。


「さて、ダンジョン攻略の開始だ。最深部に何があるのか……今から楽しみになってきたよ」


 カスパールや元聖教会の知識を以てしても、この世界に存在する全ての魔法の把握には至らない。

 だが、世界の核たる部分に辿り付けば、この世界に存在する全ての魔法を理解することができるかもしれない。


 アンリは、そこに不老不死の魔法が存在することを期待し、ダンジョンの中へと入っていくのであった。

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