117 世界の核
言葉を発するモノアイは、確かにアンリを捉えていた。
「神? ……は?」
いきなりの崇拝宣言にアンリは困惑するが、シュマとアシャは興奮している。
「まぁ! 初対面だけど、あなたとはいいお酒が飲めそうね! お酒は……飲めるのかしら?」
「……まずシュマが飲める年齢ではないはず。しかし、なかなかこの目玉は見所がある」
逆に、カスパールの顔は強張っていた。
「アンリ……今の声、聞き覚えはないか?」
アンリもカスパールと同意見のようだ。
「神……ねぇ。いや、それよりもその声、もしかして大罪人を選定しているのは君なの?」
アンリとカスパールは、大罪人の烙印が押される瞬間に立ち会ったことがある。
たった今聞いた、感情を感じさせない冷淡な声。
それは、大罪人が生まれた時に聞こえた声に酷似していた。
「失礼。神でないのなら、聖人でしょうか……まぁ、それは置いておきましょう。そうですね、あなたの問いに答えましょう」
宙に浮かぶモノアイは、ただアンリのみを見つめている。
「大罪人の選定。それをしているのは、ワタシであり、ワタシではないと言えます」
その回答は、アンリ達を更に困惑させるものだった。
「はぁ? なにそれ? なぞなぞ? それとも哲学? そういうのはいいから、端的に教えてくれない?」
「失礼しました神よ。では、そもそもワタシという存在から説明していきましょうか。ワタシを知り、世界を知れば、神の疑問は解決すると思われます」
長くなりそうな話に、アンリは少し気が重くなるが、次の言葉に頭を強く打たれたような衝撃を受ける。
「ワタシは創られた命。ワタシは技術の集合体。ワタシは自律する機械。あなた達には通じないかもしれませんが、ワタシは”AI”と呼ばれる存在です」
”AI”
”Artificial Intelligence”の略であるそれは、つまるところ人工知能だ。
剣と魔法の世界に、えらく無粋な存在がいたものだと感じながらも、アンリは驚いていた。
「AI……? あはは、まさか……随分と自我を持ったAIじゃないか……」
「ふふ、ワタシはそうであれと創られたのです。お褒めの言葉と受けとります」
(この短いやり取りの中で、確かな感情を感じる……大規模言語モデルでも辿り着かなかった領域……まるで──)
「──本物の人間みたいだ」
思わずアンリの口から出た言葉に、AIは反応する。
「肯定します。ワタシは本物の人間と言えるでしょう。ワタシの感情は、無から生まれたわけではありません」
アンリは興味を惹かれるが、それよりも先に確かめたいことがあった。
「あいちゃんは、ここで何をしているんだい? ここは……一体何なんだい?」
「
「…………」
黙ってしまうアンリの代わりに、カスパールが質問する。
「提供……とは? お主は、世界中に何を提供しておるのじゃ?」
「回答します。あなた達の言葉で言えば──」
「──魔法」
答えたのはアンリだった。
「肯定します。そしてそれは、ワタシの言葉で言えばアプリケーションです」
聞き慣れない言葉が返ってきたことに戸惑い、アンリを見たカスパールは驚きに包まれ言葉を失う。
そこには、これまで見せたことのない表情のアンリがいた。
笑うでもなく、怒るでもない。
今のアンリからは悲哀の色が滲み出ている。
「あいちゃん……僕はね、ここに魔法を探しに来たんだよ」
「理解しました。ワタシには、世界の全ての魔法が記録されています。どのような魔法をお探しでしょうか」
「命を永遠にする魔法……永遠に生きる魔法……不老不死の魔法……」
アンリは悲哀に包まれたまま、自身の求める魔法をAIに告げる。
返ってきた答えは、アンリが予想してしまった通りのものだった。
「神よ、残念ながらそのような魔法はありません」
絶望。
アンリを絶望が襲う。
だが、アンリはまだ諦めていない。
「はは、ははは……何を言っているんだい。あるはずだ……絶対に永遠はあるはずだ……ここは、剣と魔法の世界なんだよ……」
「神よ、残念ですが、この世界の本質は剣と魔法ではありません」
アンリの足取りは弱いが、AIを無視してヨロヨロと奥へと進んでいく。
そこには、厳重に封鎖された扉があった。
「ほら、いかにも怪しいじゃないか。ここに、何か秘密があるはずだ……永遠の秘密が……」
「告 その部屋には入ってはいけません」
「あはは、あははは! そら見ろ! 何かこの部屋に、大事なものがあるんだ!」
「神よ、止めてください。緊急排除プログラムが作動してしまいます。どうか、どうか止めてください」
その言葉はアンリの耳には入らない。
憤怒の炎により、扉は熔けて無くなっていく。
「黒い……炎? ワタシを介さずに魔法を……? 神よ、あなたは一体……」
AIは疑問に思うが、アンリが奥の部屋に足を踏み入れたことにより、反射的にメッセージを放つ。
「最奥ノ部屋ニ侵入者アリ。緊急排除プログラム起動。該当区間デノ魔法発動ヲ停止スル」
「ひゅぎぃぃぃぃいいいいい!!」
突如、シュマが悲鳴を上げ倒れる。
「ひぎぃぃぃい! うぐぅぅっ! いいぃぃいい!!」
突然のことに驚き、アンリは踵を返しシュマに駆け寄るも、シュマは白目を剥き意識を失っていた。
(なんだ!? 何が起こった!?)
口から血を流すシュマに、アンリは回復魔法を唱える。
(な!?)
しかし、魔法は発動しなかった。
「魔法ノ停止ヲ確認。次ニ、侵入者ノ排除ヲ行ウ」
──ガシャン、ガシャン
音のするほうを見れば、四足歩行の機械がアンリ達に近づいてきていた。
チェーンソーや銃で武装しており、その目的ははっきりと見てとれる。
「まずい!」
アンリを銃撃が襲う。
なんとか逃れたアンリだが、その左手は負傷してしまう。
(やっぱり使えないっ!)
だが、
傷は深く、使い物にはならないだろう。
「神よ、お逃げ下さい。引き返し、扉の向こう側へいけば魔法が使用できます」
AIはアンリに助言する。
しかし、アンリが見据えたのは奥の扉だった。
「アシャ! シュマを連れて引き返せ! シュマの
「……了解」
アシャは頷きシュマの手を肩に回す。
身体強化魔法も使えないため、移動するのも大変そうだ。
「ベアト! このポンコツをスクラップにしろ!」
「わん!」
飛びかかっていくベアトリクスを見届け、アンリは奥の部屋へと進み出す。
「キャス、左手が上がらないんだ。代わりの手になってよ」
「おうさ」
奥の部屋へ入っていく二人の後ろには、一つ目のAIも追随していった。
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