118 運命の悪戯

「わんわん! わん!」


 ベアトリクスは突如現れた四足の機械に飛び掛かる。

 魔法が使えない今、”永遠の炎”の戦力はベアトリクス頼みとなっている。

 ベアトリクスは獣人族の特徴を活かした戦い方だ。

 魔法が使えない中、元々の身体能力が高いことを考慮して機械との戦闘を命じられていた。


「がはっ!? こいつ! ふざけやがっ……わんわん!」


 とはいえ、身体強化魔法を使えないというのは、流石に戦闘に支障をきたしていた。


 ”金色”の異名の由来は、”閃光”と似ている。

 身体能力と身体強化魔法を合わせたベアトリクスの動きは、常人であれば目視することも難しい。

 辛うじてベアトリクスの毛色が見えることからその異名は付けられた。

 だが、魔法を封じられた今、機械の目で簡単に補足されるのは仕方のないことだろう。


(スクラップにするのは後だ! 時間を稼ぐぐらいなら……っ!)


 その戦闘スタイルから、ベアトリクスは脳筋と思われがちだ。

 だが、その実は割とクレバーであった。


「ははっ! どうした! ご主人様に向けた武器は使わないのか!? わんわん!」


 最奥の一歩手前とはいえ、現在滞在している部屋はかなり重要なのだろう。

 ベアトリクスが部屋の一部を盾にすれば、襲ってくる機械の遠距離攻撃は無くなっていた。

 そのため、近距離での差し合いしかなくなるため、ベアトリクスの得意な間合いでの戦闘となっている。


(魔法が使えないとはいえ、多少は時間が稼げるか……?)


 ベアトリクスは勝つことは早々に諦め、アンリの探索が終わるまで時間を稼ぐことに努めるのであった。


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 アシャはシュマを背負い来た道を引き返す。


「…………重い」


 いつも通りであれば、細いシュマの体など片手で運べただろう。

 だが、魔法を封じられたアシャにとっては、思いの外重労働のようだ。


 なんとか扉を越えたことにより、アシャの傷は回復する。

 二の腕の傷は、別に戦闘でついたものではなく、アシャの癖でつけてしまったものだ。


「……ふぅ……疲れた……栄養補給」


 アシャは自身の二の腕を噛み千切り、そのまま咀嚼する。

 いつも通り<全自動回復魔法フルオート・リジェネ>の効果により癒えていく傷を見て、アシャは安心する。


「……シュマ、魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカを借りる」


 AIの助言通り、魔法が使えるようになったことを確認したアシャは、アンリの命令通りシュマの魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカを使用する。

 その魔法は、<転移魔法ワープ>ではなく、<時空扉魔法ゲート>だ。


 <転移魔法ワープ>は、対象の人体を細かく刻み、分子レベルで目的地へ転送し再構築を行う。

 奴隷達で問題なく検証できているが、アンリはこの魔法を自身には使いたがらなかった。

 テセウスに対して感じたものと同じく、再構築された体が、本当に元の体と同一なのかを疑ったためだ。


 それを知っていたアシャは、今回は座標と座標を繋ぐ<時空扉魔法ゲート>を使用した。

 魔力を大量に持っていかれるが、再度扉をくぐれば魔力など関係ないからだ。


『<時空扉魔法ゲート:目的地”魔法学院パンヴェニオン”>』


 シュマの体が消え、無事に転送できたと知ったアシャは踵を返す。

 いくら獣人族のベアトリクスとはいえ、魔法無しでの戦闘は流石に厳しいだろう。

 そのため、魔法が使えないとはいえ、弾除けにはなると判断したアシャは、急ぎベアトリクスに合流するのであった。

 

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 一方、魔法学院パンヴェニオンで、一人の男が奇跡を体験していた。


「うひょぉぉぉぉ! しゅしゅしゅ、シュマちゃん!? どうしてここに!? 奇跡だ! 神よ、感謝いたします!」


 ウラジーミルは使い魔の傷を癒すため、保健室に訪れていた。

 保健室は無人だったので薬を拝借し治療をしていると、突如部屋に黒い渦が発生したのだ。


 何か緊急事態かと思い身構えていたが、渦からでてきたのはシュマだった。


「やや、やっぱり、僕とシュマちゃんは運命の赤い糸で結ばれていたんだな!」


 ウラジーミルが興奮している中、メアリーが保健室に入ってくる。


「失礼しますわ。お姉様の香りがこちらの部屋から……きゃぁぁぁぁ!! う、ウラジーミル先生!? 一体何を!?」


 意識を失っているシュマに、熱い口づけをしようとしているウラジーミルを見たメアリーは絶叫する。


「け、汚らわしい!! 早くお姉様から離れなさい!」


「君は……シュマちゃんのお友達かな? 僕たちの邪魔をしないでほしいんだな」


 先ほどまでとは変わり鋭い目つきになったウラジーミルは、自身の使い魔に命令する。


「やっちゃえ。でも僕は教師だから、殺しちゃ駄目なんだな」


 ウラジーミルの命令を受け、使い魔のブラッドホースはメアリーに襲いかかる。


「ごふっ!? お姉……様ぁ……」


 メアリーは不意のことに対応できず、ブラッドホースの蹴りを鳩尾にもらう。

 戦闘に不慣れなメアリーは、一撃で意識を刈り取られていた。


「うひょひょひょ! 人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて当然なんだな!」


 邪魔する者がいなくなったことにより、上機嫌になったウラジーミルはシュマを両手で抱き上げる。


「シュマちゃん! あぁ! 可愛い! いい匂いがする! あぁ! 柔らかい! 我慢できない! ……だけど、ここだとまた邪魔者が来そうなんだな。うひょひょ! ここは、僕の研究棟に運ぶんだな!」


 ウラジーミルは大型鳥の使い魔に乗り、自身の拠点へシュマを運んでいった。




「なぁテレサ、さっきメアリーの声が聞こえなかったか?」


「声というより、うちには悲鳴に聞こえたけど……って、メアリー!?」


 少し遅れてやってきたフォルテとテレサが見たのは、口から血を流し倒れているメアリーだ。


「おい! メアリー! どうしたんだ!?」


 フォルテに揺らされ、メアリーは意識を取り戻す。


「ぁ……ぁあ……お姉様が……ウラジーミル先生に……攫われました」


 二人は絶句する。

 ありえないと一瞬思うも、ウラジーミルならやりかねないと思えたのだ。


「あ、あ、あいつ! あのくそ教師! ロリコン変態教師が! まじでぶっ殺してやる! 男根をゴブリンの餌にでもしてやるわ! ちきしょう! フォルテ、シュマを助けに行くよ!」


 いきなり物騒なことを叫び出したテレサに、フォルテはギョッとするも同意見のようだ。


「あ、あぁ……勿論! だけどよ、ウラジーミル先生はどこに行ったんだ? それに、他の先生を呼んだほうが良くないか?」


「あんなオタク野郎、自分の拠点に引きこもる以外ないでしょ! 一刻を争うんだよ!? シュマが汚されちゃってもいいの!? あんた、それでも男!? ちんこ付いてんの!?」


 テレサは怒りの形相でウラジーミルの研究棟へ向かう。

 フォルテも半ば強制的に同行するのであった。

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