116 最深部

「………凄く……大きい」


 立ち塞がる巨大な扉を前に、アシャは言葉を溢す。

 試しに蹴りをいれてみてもびくともせず、よほど頑丈な扉なのだろうと判断できた。


「本人から聞いたのじゃがな。過去、学院長もここまではたどり着いたらしい。色々と試したが、結局この扉を開けることは叶わず、体力が尽きる前に引き返したとのことじゃ」


『<斧よ>』


 シュマがハルバードを大きく振りかぶり、扉へと打ち付ける。


 ──ゴォォォォォォン


 鐘がなるような音が頭まで響くが、扉は無傷だった。


「駄目だわ兄様。私の力では無理みたい」


「シュマの力で無理となると、わしらではどうしようもないか」


 お手上げ状態のカスパールではあるが、扉の突破自体は諦めていない。

 アンリなら、なんとかなると思っていたのだ。

 そして、それは他の者も同意見であり、アンリを見つめていた。


「あはは、みんなしてそんな期待した目で見てこないでよ。全く、仲がいいんだか悪いんだか。まぁ、幾つか魔法を試してみようかな。それにしても、そんなに硬いんだ……なんの素材でできてるんだろ」


 アンリは直接扉に触れる。

 すると、突如扉が強い光を放ちだした。


「なんじゃ!? アンリ! お主、何をした!」


 直視することも難しい程強く輝いているが、扉の表面に複雑な魔方陣が浮かび上がっているのが分かる。


 ──ギギギギギギギ


 光が収まったかと思えば、大きな音を鳴らしながら扉が開き出す。

 あまりにも呆気なく開いた扉を前に、カスパールは信じられないでいた。


「長い歴史の中で一度も開かなかった扉が、こうも簡単に……あ、アンリ……お主は一体、何をしたのじゃ」


 一体どのような原理で扉を開けたのか、他の者も興味を惹かれアンリを見つめる。

 だが、アンリの口から出た言葉は、拍子抜けするものだった。


「何も。何もしていないよ。いやぁ……色々と方法を考えてはいたんだけど、その前に開いちゃったんだ。実際、僕は何もしていないんだよ」


「うふふ、流石兄様あにさま兄様あにさまの前では、開かずの扉でさえ自分の仕事を果たそうと頑張るのね」


 シュマやアシャはそれで納得しているが、流石にカスパールは納得できない。


「お主の何に反応したのじゃ……? 魔力量か? それとも大罪スキルか? そも、何が反応したのじゃ……? まさか、中に誰かがいるのか?」


「あはは、まぁいいじゃないか。入ってみれば分かることさ。それに、扉が開いたってことは、友好的ってことじゃないかな」


 深く気にしていないアンリは扉の奥へ進み出す。

 だが、アンリの頭上に乗っていたダハーグから報告が入る。


「主よ。すまんが、我はここを通れないようだ。正確に言えば通りたくない、か。上手く言えんが、我が通ったら不味いと確信がある」


 魔界の神に悪いことを直感させるのだ。

 この奥が尋常な場所ではないと分かり、アンリは警戒心を高める。


「それは、僕たちが通っても不味いのかな?」


「いや、我が通ると不味そうだな。我が魔界の存在だからなのか、理由はよく分からぬ。ただの感覚ではあるが……」


「うん、その感覚を大事にしようか。ダハーグはついてこなくていいよ。どうする? ここで待ってる?」


「ふむ、暇は好きではない。一度魔界あちらへ帰るとするか。魔界あちらはそろそろ終わりが見えてきたからな」


 そう言うと、ダハーグは姿を消した。

 不可視の魔法を使ったわけではなく、一時的に魔界へ帰ったのだろう。


(終わりって何が終わるんだろ……まぁいっか)


 魔界事情よりも、今は扉の奥への興味の方が勝る。

 咄嗟のことに対応できるよう、魔法の絨毯での移動は止め、アンリ達は徒歩で奥へと進んでいった。



「なんとも不自然な空間よな。ダンジョンの中ではあるが、明らかに人工的なものじゃ……」


 歩きながら、一同は興味深げに周りを見渡す。

 そこは、極めて異質な空間だった。

 先程まではダンジョンらしく、一言で言えば洞窟のような見た目をしていた。

 そして、5人が密集していたこともあるが、薄着のカスパールでも少し暑さを感じていた。


 だが、扉をくぐってからは妙に肌寒く、現在歩いている場所の地面や壁は綺麗に整っている。

 地面は金網のようなものになっており、その下にも地面が見えることから二重床になっているのだろう。


「しかしこの光景は……既視感があるな……」


 言いながらカスパールはちらりとアンリに目をやる。

 だが、アンリの顔は真剣なもので、カスパールの言葉に反応せず奥の部屋を見据えている。


 カスパールが感じたこと。

 それは、今の場所がザラシュトラ家の地下室の一つに雰囲気が似ているということだ。

 そして、似ている部屋とはアンリの魔力強化部屋、またの名を”ジュース部屋”だ。


 ──ウィィィィィィン


 至る所に、人間一人が余裕をもって入れる程の、黒い箱が規則正しく置かれている。

 人間ミキサー程うるさくは無いが、一部分が時折光っているその箱からは、継続的に音が聞こえていた。


「まさか、この箱の中にも人間が入っておるなど言わんよな……?」


 冗談を言うカスパールだが、アンリの様子がいつもと違うことに気付き怪訝な顔になる。


「アンリ、どうした? 顔が怖いぞ? 何かあったのか? 冗談のつもりであったが、もしや当たりか?」


「ん? あぁ、それは違うと思うよキャス。多分中にあるのは、人間なんてものよりもっと高尚なものだと思う……いや、ごめん、分からない。とにかく先を急ごう」


 振り向きもせず、足早に進むアンリを訝しむも、一同はアンリについていく。

 そして、奥の部屋に辿り付くと、皆の驚きは更に大きなものに変わる。


「ここは……一体なんじゃっ!?」

「…………謎」

「うふふ、ぴかぴか光って、綺麗だわぁ」


 そこは、アンリの前世の世界でも追いつけない程の近未来的空間。

 イメージとしては、宇宙船の中に近いだろうか。


「こんにちは」


 アンリが言葉を探していると、中央で浮遊していたモノアイが動き喋りかけてくる。


「お待ちしていました、神よ」


 宙に浮かぶ一つ目が発した冷淡な声は、アンリとカスパールが過去に聞いたことのある声によく似ていた。

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