110 ジューサ
コツコツと足音を鳴らし、アンリとシュマは地下室にやって来た。
タルウィが召還したと思われる悪魔の確認のためだ。
タルウィが儀式を行った部屋の隅には、確かに異形の怪物の姿が見える。
ドゥルジールの炎に焼かれたため、丸焦げとなってはいるが、左右に6対12本の腕が生えているのが確認できた。
部屋の扉を閉め鍵をかけると、アンリとシュマは椅子に座る。
「やっぱりお前か……もう死んじゃったかな……『<
ドゥルジールは殺したと言っていたが、それは間違いだ。
虫の息ではあるが、12本腕の怪物はなんとか生き長らえていたのだ。
力尽きるより先にアンリの回復魔法が間に合い、完全な復活を遂げる。
その怪物はアンリの姿を見るや否や、姿勢を正し右手の指先を額にあて敬礼する。
アイロンで掛けられたかのように指先まで伸び、洗練された姿勢ではあるが、何せ6本ある右腕全てで行っているので、なんとも不気味な光景であった。
「これは元帥様! 自分のような鳥の餌にもならぬ下賤な男に、崇高な魔法をかけていただけるとは! 畏れ多くも、これ以上ない幸せでございます!!」
テンションが振り切れ、耳が痛くなる程の大声で叫ぶ12本腕の怪物を見たアンリは苦笑いを浮かべる。
「あはは、いいよいいよ。ちょっとだけ声のボリュームを下げてくれると嬉しいけどね。それで
ドゥルジール達が悪魔と思っていた男は、
ただの人間の
12本も伸びている手を見て、誰が人間と思うだろうか。
「はっ!! 自分は、偉大なる元帥様の弟君を死に追いやりました! 何も言い訳はありません! 先ほど一生分の幸せを頂戴いたしました! 思い残すこともありません! 何の価値も無い汚い魂ですが、元帥様のお好きなままに!」
過去、奴隷の数が増え管理が手間になったアンリは、奴隷の中から奴隷を管理する人間を選定した。
それが
最初は同じ境遇の奴隷に対して、管理することに罪悪感を感じていた
人格を形成するにあたり、やはり環境というものはとても大きな要因だ。
奴隷達の管理人という立場が長く続くうちに、
同じ境遇のはずの奴隷達に暴言や暴行を行い、アンリやシュマに敬服しだしたのだ。
アンリが「手が足りない」と言葉を溢した時、自身の手を増やす実験をしてほしいと懇願してきたのには、流石のアンリも驚いたのであった。
「あはは、分かったよ
「はっ!! 自分は最善を信じて行動したのであります!!」
アンリとシュマは本当の事の顛末を知る。
やはり、タルウィは魔物召喚の儀式に失敗していたのだ。
アンリ達の研究進捗を共有されていた
その為、自分が罰を受けることは承知の上で、タルウィの魔力が枯渇する前に外傷により命を絶ったのだ。
「
その事実を知ったアンリは、予想をしていたものの驚愕する。
その為、アンリは
だが、今回の案件でいえば、
ここまでできた部下はそうはいないと、
「
アンリの決定を聞いたジューサは、全身に電流が走ったかのように痙攣し、自身の体を抱きしめる。
12本の腕で抱きしめているので、その動きは気持ち悪く、ダンゴ虫を連想させた。
「げ、げげ、元帥様! 自分のような下賤な輩にお名前など……!!」
「うふふ、良かったじゃないジューサ。あなたはジュースを作るのも得意だもの。いい名前だと思うわ」
シュマの言葉を聞いたジューサは、自信に満ち溢れた顔になる。
「当然であります! あの糞の役にも立たないゴミ共を粉々に引き千切ることは、偉大なる御方に直接貢献できる任務であります故!!」
「あはは、決定だね。じゃぁ、ジューサの業務は引き続き奴隷の管理ということで。万が一父上に遭遇しちゃったら言い訳が面倒くさいし、職場をアルバートの拠点に移そうか。そこまで研究結果を理解しているのなら、ジューサには研究も手伝ってもらおうかな」
アンリの発令に、ジューサは感激から涙を流すが、再度敬礼を行っていた。
「
「あぁ、それは止めておくよ。こういった重要な物はなるべくまとめたくないんだ。何が起きるか分からないから、分散させておきたいんだよ。僕が酔っぱらったり寝ぼけたりして、研究棟に<
寝ぼけて核爆弾に相当する威力の魔法を落とされるほうはたまったものではないが、アンリの説明にこの場の二名は納得していた。
「ジューサは大丈夫かな? 今よりちょっと忙しくなるから、手を増やしてもいいけど?」
「そこまで元帥様のお手を煩わせるわけには! それに、折角ジューサという名前を付けて頂いたので!」
ジューサもまた、シュマやアシャと同じく、アンリが改造をしても回復魔法の効果の対象にならない者だった。
その為、ジューサは魔改造されており、増やされた腕の本数は名前の通り13本だ。
ジューサの切り札である13本目の腕は、高名な魔法使いのドゥルジールにすら気付かれる物ではなかった。
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