109 過ち

「父上! タルウィは!?」


「来たか……アンリ、シュマ……」


 ザラシュトラ家に帰ってきたアンリ達を迎えたのは、憔悴している様子の父、ドゥルジールだ。

 ドゥルジールに案内された部屋では、アンリ達の母であるフランチェスカが椅子に座り、ベッドで横になっている子供を見つめていた。


「そんな……本当に……?」


 アンリはベッドで寝ている子供、つまり、弟のタルウィールを確認するが、確かに息を引き取っていた。


「タルウィ……死んじゃったの……? どうして?」


 横に座るフランチェスカに聞くも、何も反応が返ってこない。

 代わりに、ドゥルジールがアンリ達に事の顛末を話す。


「タルウィは……魔物召喚の儀式を行ったのだ……」


「はぁ!?」


 魔物召喚の儀式。

 それは、魔法学院でアンリが行いダハーグを呼び出した儀式のことだ。

 タルウィはアンリの地下室に保管されていた儀式の魔法陣を用い、隠れて魔物を召喚しようとしたのだ。


「そんな……なんでそんなことを……タルウィはまだ7歳でしょ? 魔力量も全然増えてないのに、成功するわけないじゃないか……」


 魔物召喚は、並みの魔法使いではほとんどが失敗する。

 純粋に魔力量が足りないのだ。

 己と波長の合う魔物が呼び出されると言われているが、その魔物を召喚する魔力が足りない時、当然魔物は召喚されない。

 そして、召喚者は魔力枯渇により死ぬのだ。


 その為、よほど魔力量に自信のある者しか、魔物召喚の儀式を挑戦することはない。

 ましてや、魔法が使えず、魔力量が全く伸びていないはずの7歳の子供が挑戦するなど、まずありえないことだ。

 それは挑戦ではなく、ただの自殺なのだから。


「…………」


 ドゥルジールは説明できない。

 少なからず、自分に負い目を感じていたのだ。


 闘技大会で活躍するアンリを見たタルウィは、兄に対して強く憧れを抱くようになっていた。

 そして子供ながらにも、自分も強くなろうと、自分も魔法の知識をつけようと、努力しようとしていた。


 だが、それを許さなかったのはドゥルジールだ。

 ドゥルジールは、タルウィに普通の子供でいてほしかった。

 アンリやシュマのような優秀であっても異常な子供は二人で充分と思い、強くなくても、賢くなくても、普通の子供でいてほしかったのだ。


 そこでドゥルジールは、タルウィから剣と教科書を取り上げた。

 タルウィは反発するもドゥルジールからは相手にされない。

 その結果、反発心は育つものの、魔法の知識は育たなかったのだ。


 そんなタルウィの元に、兄であるアンリが神竜の召喚に成功したという情報が入った。

 タルウィはアンリを尊敬し、自分も兄のようになりたいと願った。

 だが、それを正直にドゥルジールに話しても相手にされないと分かっているため、一人で強行に出たのだ。


「シュマですら儀式はさせていないのに……」


 過去、魔物の召喚に成功した者は二人しかいない。

 魔法学院パンヴェニオンの学院長と、アンリだ。

 魔力量的にはシュマも問題ないとは思うが、万が一を考えてアンリはシュマに儀式を禁止していた。

 7歳のタルウィが儀式を行っても、その結果は明らかだろう。


「……いや、儀式は成功したのだ」


 だが、ドゥルジールから出た言葉は、アンリの予想に反していた。


「成功した……成功したのだが……召喚した悪魔に殺されたのだ……」


 聞けば、ドゥルジールが駆けつけた時には、異形の悪魔の腕がタルウィの胸を貫いていたというのだ。

 激昂したドゥルジールの炎によりその悪魔は力尽きるも、フランチェスカがいくら回復魔法を唱えようが、タルウィが息を吹き返すことはなかったらしい。


「召喚に成功した……? タルウィが……?」


 アンリは疑問に思うが、フランチェスカも肯定する。


「えぇ……そうよ……タルウィもまた、優秀な魔法使いだったのよ……だけど、召還されたのは魔物ではなく、悪魔だったの……」


「……うむ……確か、召喚された悪魔は”偉大なる御方の下僕、ジューサ”と名乗っていたな……12本の手が生えている、おぞましい成りをしていた……」


 二人の証言に困惑しているアンリに、シュマは声をかける。


兄様あにさま、タルウィは助からないの……もう、タルウィは無になっちゃったの……?」


 その言葉を聞いたアンリは、急いで部屋中を見渡す。


「そうだ! まだ魂が……。生に執着があればあるほど、魂は長く残っているはずだっ!」


 その目には魔力を通しており、充血というには生温いほど血管が浮き出ていた。


(魔力枯渇じゃないなら……どこかに……。タルウィ、まだ死ぬのは怖かっただろう!? もっともっと、生きたかっただろう!?)


 自身の目を酷使しすぎているためか、アンリの目は普段よりも赤く輝いている。


(どこかに在るはずなんだ…………あった!)


 アンリは見えない何かを右手で掴む。

 そして、数秒逡巡した後、その右手をフランチェスカの腹にあて、魔法を唱えた。


『<魂の定着フィックス>!』


 ──ドクン


 フランチェスカの身体が跳ねる。


「かはっ!? ア……ンリ……?」


 悶えるフランチェスカを見たドゥルジールは驚きアンリに詰め寄る。


「あ、アンリ! 何をした!? フランに何をしたのだ!?」


「まぁまぁ、落ち着いてください父上。タルウィの魂を母上の子宮に定着させたのです」


 アンリは自分の両親に説明する。

 タルウィが外傷によって死亡したのであれば、その魂はまだ無事であるはずだ。

 だが、見つかったものの、生に対してそこまでの執着が無かったタルウィの魂は、ひどく弱っていた。


 そこで、カプセルの中での培養は困難と判断したアンリは、フランチェスカの体内をカプセル代わりにしたのだ。

 少なくとも、一度はタルウィが培養された胎盤だ。

 相性は間違いなく良いと踏んでの判断だった。


「そ、それは……問題ないのか……?」


「正直半々……といったところでしょうか。でも、何もしなければ死んじゃうんですよ? また生きる可能性が少しでもあるのなら、実験、じゃない、挑戦してみてもよいのでは?」


「……フランには……フランには悪影響はないのか……?」


 言及してきたドゥルジールからアンリは目を逸らす。


「そ、そうですね……ちょっと、分からないなぁ……問題ない、のかなぁ……」


 正直すぎるアンリの反応に、ドゥルジールは血の気が引いていた。


「と、とりあえずの処置だったんですよ父上! 選択肢はあったほうがいいでしょう? ここからどうしますか? タルウィの魂を取り除き、母上の安全をとりますか? それとも、母上の危険を承知で、タルウィの魂を培養、じゃない、成長させますか?」


 その選択をドゥルジールは判断できない。

 フランチェスカとタルウィール。

 二人とも、大切な家族なのだ。


 判断をしたのは、フランチェスカだった。


「育てます……タルウィが助かる可能性があるのなら、私の命など惜しくありませんから……」


 子供のこととなると母は誰よりも強い。

 フランチェスカの瞳を見たドゥルジールは、その言葉に従うしかなかった。

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