108 教会

 アンリとダハーグは教会にやってきていた。

 元々聖教会の本部であった場所ではあるが、アンリが聖教会序列一位のウォフを始末した後は、その全てをシュマにプレゼントしている。


 魔法学院パンヴェニオンで初めて正体を見せた時よりも多少は小型になっているとはいえ、突如邪悪な見た目をした三つ首の竜が降りてきたのだ。

 大きな混乱になると思いきや、教会は静かなものだった。


(なんというか……少し不気味な光景だな……)


 教会は静かでも、人がいないというわけではない。

 全ての人が、一切言葉を発さず、アンリ達に向かって跪いているのだ。

 全員が後ろ髪を前に下ろしうなじを見せつけている光景に、アンリは少し狂気めいたものを感じていた。


(死んだふりみたいなもんなのかな……)


 その光景を見たアンリは、神竜であるダハーグが恐ろしく、皆がそのような姿勢をとったのかと思っていた。

 しかし、ダハーグの見た目がスライムに戻った後も、アンリ達の姿を見た教会の者は、例外無く跪きうなじを見せつけてくる。

 アンリは不思議に思うも、他人がここまで信じている宗教に文句を言うことは無駄と判断し、最奥の部屋に辿り付いた。


 その部屋では、シュマとアシャが円卓を囲んでいた。

 他にも8名の男女がいるが、アンリ達の姿を見れば、先ほどまでの人間と同じように跪きだす。


兄様あにさま! こんなところにわざわざ! どうしたの? 何かあったの?」


 アンリの姿を見たシュマを驚くも、嬉しさが交じった声を出しながらアンリに近づく。


「…………」


 無言ではあるが、アシャも同様にアンリに近づいていた。


「あぁ……父上から僕達に実家に帰るよう連絡が来てね……それより、床に落ちてた紙って何なの?」


 アンリは他人のうなじを眺めつつ、この部屋に到着するまでの至る所で目についた、ある物に興味をひかれていた。

 ここ最奥の部屋には流石に無かったが、広間や廊下などで、同じ人物が描かれている絵が大量に落ちていたのだ。


「……あれは、偽物の神。スプンタ・マンユ」


 アンリの疑問にはアシャが答えた。


 シュマが聖教会に対してまず行ったことは、信者が持っていたスプンタ・マンユに対する信仰心の破壊である。

 スプンタの絵を地べたにばら撒き、それの回収を一切許さなかったのだ。


 当然、教会の人間はスプンタの絵を踏むことになる。

 もし、踏まずに歩こうとすれば自ずと違和感が生まれる。

 その違和感が見つけられた者は、もれなくシュマによるお説教タイムが始まるのだ。


 今では教会の序列はシュマが一位、アシャが二位となっており、その二人が相手では敵う相手がいるはずもない。

 一年もすれば、お説教を恐れた信者たちは、スプンタの絵を踏むことを躊躇しなくなっていた。


「あぁ、踏み絵って感じかな。シュマは本当に面白いことを考えるね」


 アンリに褒められたシュマは、頬を紅く染める。


「そんな、ありがとう兄様あにさま。でもね、ちょっと悩んでいるの……この大陸の教会では、本当の神様を理解してもらえたの。当然よね。でもね、別の大陸では、どうも私達と違う動きをしているの。ここが本部なのに、おかしいわよね? ここが正しいのに、おかしいわよね?」


 シュマの教会改革は順調に進んでいた。

 しかし、それはアフラシア大陸内の話だ。

 聖教会は本部がアフラシア王国にあるとはいえ、別大陸にも多くの支部が存在する。

 シュマとアシャは大陸外へ行ったことは無いため、その影響力はアフラシア大陸に留まっていたのだ。


「あはは、シュマは神様を信じているんだね。まぁ、いつか違う大陸に旅行しようか。それはその時に考えたらいいさ」


 アンリは気付いていなかった。

 ここにいる全ての者達が、アンリを崇拝していることに。

 うなじを見せているのは、いつでも首を落としてもらって構わないと、自身の全てをアンリに捧げている証なのだということに。


「うふふ、そうね兄様あにさま。そういえば、お父様はなぜ私達を呼んだのかしら」


「あぁ、そういえばジャヒーから手紙を預かっていたんだ。軽く目を通すとだね……え?」


 手紙を確認しだしたアンリは、驚きから小さな声を上げる。

 驚愕の表情を浮かべたアンリを見て、シュマとアシャはとても不安になる。


「どうしたの兄様あにさま……何か、大変なこと?」


「……アンリ、ボクに出来ることならなんでも言って」


 二人に質問され、手紙から目を離せないままアンリは答える。


「た、タルウィが…………死んだ」


 それは、アンリとシュマの弟である、タルウィール・ザラシュトラの死を告げる手紙だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る