第六章

107 創造される命

「くっくっく……素晴らしいっ! こちらのグループは九割以上が成功している!」


 魔法学院パンヴェニオンに突如発生した毒沼。

 その沼の中央に建築された研究棟の地下室にて、三人の話し声が聞こえてくる。


「あはは、まぁ当然かな。こっち側の試験体は、単に体外受精をしただけだからね。むしろ、失敗した一割が不思議なぐらいだよ」


 アンリが見つめている培養カプセルの中には、少し濁った液体が並々と注がれている。

 そして、液体の中でおぼろげに見えるそれは、小さな人間の姿をしていた。


「くっくっく……生殖活動無く人間を生み出すとは……なかなか面白い。しかし……」


 アルバートの視線は、別のカプセル群に向かう。


「こちらの実験は失敗かもしれんな。九割以上が死滅している……成功した者についても、細胞が弱弱しい……果てるのも時間の問題だろう」


 アルバートが失敗と言った培養カプセル群には、ほとんどが液体しか入っていなかった。

 さらに、液体以外があったとしても人間というには不完全で、様々な部位が欠け落ちている。


「ふむ……スライムの提案ではあったが……ふん、所詮はこの程度か……」


「ほぅ? 貴様、我を愚弄しているのか? もう一度苦痛を味わいたいとは、とんだマゾヒストだな」


 不可視化の魔法を解いたダハーグの威圧を受け、アルバートはたじろぐ。

 過去ダハーグから苦痛のブレスを受けたアルバートは、ダハーグの存在がトラウマになっていた。


「あはは、二人共もっと仲よくしなよ。同じ目的を持っているのに、どうしていがみ合うのさ。目的がずれているのかな? もう少し動機付けしたほうがいい?」


 組織において、対立は避けては通れない。

 学生であれば、自分の好きなグループに入れば対立は少ないだろう。

 だが、社会人になれば好きなグループを選ぶことは難しく、自分の苦手な人種と会話することが必要だ。


 対立は必ずしも悪い事ではない。

 それでも、無駄な対立を避けるためには、全員の目標を合わせることが必要不可欠である。


「いや……いい。お前はその話になると長い。我輩はもう理解している」


 だが、アンリの提案はアルバートに却下される。

 アンリが語る”死”について、アルバートは散々聞いていたのだ。

 一度死に、それでも自我を保っているアルバートからすれば、アンリの死に対する恐れようは少し理解が難しいものだった。


「いや、アルバート。君は分かっていないよ。確かに死ぬことは怖いと思っているよ? ただね、真の怖さは、終わることなんだよ。アルバートは一度死んで、生き返ったようなものだけど、それでもいつかは終わるんだよ? 魂の風化はまだ防げてないんだから」


 あまり共感ができないアルバートは、アンリの言葉を聞き流し培養カプセルの記録をしている。


「そういえば、不老不死を目指している主が、なぜ神の真似事をしているのだ?」


 ダハーグの抱えた疑問に、アルバートの手が止まる。

 アルバートとしては楽しい研究なのでそれでいいが、アンリが人間を生成している意図をつかみかねていたのだ。


「あはは、別に神様になろうとしているわけじゃないよ。そうだね……命が成立する仕組み……条件を理解したいのさ。命って奇跡だどうとか言われるけどさ、結局は決められたシステムの中の一環だと思うんだよ」


 アンリは不完全な人間を作成している培養カプセルに手を当て、目を輝かせる。


「アルバート、君はこっちの試験体は失敗といったね? でも僕にとっては違う。これは、こいつ達は成功だよ。それも大成功だ。多少細胞が弱くても、そこは自動回復魔法リジェネで何とかなるさ」


 アルバートが成功と判断したカプセル群に入れたのは受精卵だ。

 そして、アルバートが失敗と判断したカプセル群に入れたのは、魂だった。


「あはは、信じられる? 魂を培養したら人間が生まれるんだよ? ありえない。ありえないことだよこれは。世紀の大発見じゃないかな。なんで魂だけで人間ができるんだろ」


 アンリは喜ぶも、他の二名は困惑していた。


「ふむ……我輩にはそこまでの発見には思えぬが……完全な人間ができたほうがよいのではないか?」


「我も、なぜ主がそこまで興奮しているのか分からんな。魂とは、そういう物ではないのか?」


 前世を基準に考えているアンリと、今世を基準にしているアルバート達では、魂に対しての価値観や概念がまるで違う。

 アルバートとしては、漠然とそういうものだろうと感じているが、アンリからすれば信じられないことだった。


「えぇ……反応が薄いなぁ……不思議じゃない? 魂に遺伝子情報があるの? じゃあ、なんで交尾をする必要があるの? 例えば、魂を子宮に──」


 ──コツコツと、アンリ達に向かってくる足音が聞こえてくる。


「ジャヒー、どうしたの? 何か緊急事態でも?」


 まだ食事の時間ではないので、ジャヒーが来たことをアンリは疑問に思う。


「お忙しいところ、大変申し訳ありません。ドゥルジール様から、アンリ様とシュマ様に急いで実家に帰られますよう伝言がありました」


 研究が楽しくなってきたところなので、アンリは少し不満な表情を浮かべる。

 しかし、ドゥルジールからの呼び出しは滅多にないことなので、なにか重要な事があるのだと判断した。


「分かったよ。アルバート、引き続きよろしくね。ダハーグ、悪いけど実家まで乗せていってよ。そこまで大きくならなくていいからね。あぁ、その前にシュマを迎えにいこうか……休日だから……うん、いつもの場所にいるね」


 死を司る神竜であるダハーグを足代わりに利用するアンリを、アルバートは信じられない目で見つめていた。

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