111 シュマの我儘

「シュマ……本当にやるの? やっぱり止めとかない?」


 服を脱ぎ、雪のように白い柔肌を露わにしているシュマに、アンリは苦言を呈する。


「うふふ、したいの、どうしてもしたいの。兄様あにさま、いいでしょう?」


 笑いながら答えるシュマに、アンリは困った顔をしている。


「でもなぁ……せめて、成人するまで待たない?」


「うふふ、だめだめ、だ~め。今したいの。勿論、私の我儘なのは分かっているわ。それでもお願い、兄様あにさま……だめ?」


 頬を染め、上目づかいで見てくるシュマに、アンリが拒否をすることなどできない。


「はぁ……分かったよ。すでに魂は定着させてるから、失敗したと思ったらすぐに心臓を貫くからね?」


「やったやった♪ 兄様あにさまありがとう! 大好き!」


 飛び跳ねて喜んだシュマは、ナメプレイピアを取り出すと自身の体に傷をいれる。


 ──ギャリ、ギャリ


 目的は血。

 魔物召喚の儀式を行うために必要な、魔法陣を描くための血だ。


「うふふ、嬉しいわ。兄様あにさまのダハーグを見ていたら、私も自分の使い魔がほしくなったの。使い魔とペットは、また別のものよね?」


 アンリの頭上に乗っていたダハーグは、不可視化の魔法を解き声を上げる。


「ふははは! 魔界の神である我を使い魔と呼ぶか。言っておくが、我はアンリの魔力が目当てなだけで、決して使い魔のような立場に甘んじているわけでは──」


「──あぁ、そうだダハーグ。君が食べる僕の魔力なんだけどね。僕の魔力量の増加のために、お腹を壊さない程度になら好きな時に食べてもらっていいよ」


「ふははは! 我はアンリの使い魔、ダハーグである!」


 ダハーグとアンリのやり取りを聞きながらも、シュマは自身の血で魔法陣を描く。

 過去の儀式では奴隷六人の血で描いていた。

 流石にシュマ一人では難しいと思われたが、時間がかかりはしたものの立派な魔法陣が出来上がっていた。


「回復魔法で血も元通りなのかな……? まぁいいか、あとは魔力を込めるだけだよ。シュマと波長の合った魔物が召喚されるらしいけど、気を付けてね」


「うふふ、じゃぁ兄様あにさま、しっかり見ていてね」


 シュマが魔法陣に魔力を込めると、魔法陣が反応を示し、青、黄、緑、赤黒色へと輝きだす。


 ひと際輝きが強くなったことから、アンリは儀式は成功したのだと判断した。

 しかし、光が収まった魔法陣の上を見ても、何も生物は見当たらない。


「……あれ? 失敗? でも別に魔力枯渇ってわけじゃないよね……?」


 アンリが疑問の声を上げていると、シュマは笑いだす。


「うふふ、兄様あにさま、儀式は成功したわ。ほら、魔法陣をよく見て」


 アンリが魔法陣を注視しようとした時、何かが魔法陣から高速で飛び出してくる。


「こふっ!? ぉうう!? あぁぁぁぁ!!」


 瞬間、シュマは倒れ悶えだした。

 アンリは慌て、シュマに駆け寄る。


「シュマ!? 大丈夫!? 召喚した魔物の仕業かな!? ちょっとそいつを殺すから、じっとしてて」


 その言葉に、シュマは手のひらをアンリに向けストップをかける。


「うふ、うふふふ。大丈夫よ兄様あにさま。ちょっとびっくりしただけ。何も問題ないわ。むしろ今は、とっても気持ちいいの」


 シュマは汗をかき上気しているが、先ほどよりは落ち着きを取り戻していた。


「……そう? 今ちらっと姿が見えたけど、そいつが……?」


「えぇ、名前は……ちょっと待ってね、聞いてみるわ」


 シュマが自身の呼び出した魔物と念話を始める。


「そう、私があなたのご主人様よ。あなたの名前は……? ガショク……? 嫌よ、可愛くないわ。もっと呼びやすいのにして……ロア……ロア……えぇ、それがいいわ。私もそれが気に入ったわ」


 念話のはずだが、興奮しているシュマは言葉が漏れていた。

 魔物の呼び名が決まったようで、満足した様子のシュマは、手のひらをアンリに見せる。


「うふふ、兄様あにさま、紹介するわ。この子の名前はロアロア。私の使い魔になってくれるって。ほら、可愛いでしょう?」


 自己紹介を受けたアンリは一歩下がり、頭上のダハーグに尋ねる。


「……ねぇダハーグ。君と同じ魔界からきた魔物だけど、もしかして知り合い? まさか、これも神の一柱だったりするの?」


「主よ。何を見て我の同類と思ったのかは聞かぬが、我はこいつを全く知らぬ。主からすれば魔界という括りで他の世界を一つに見ているかもしれぬが、魔界という位置づけの世界はいくらでもある。それこそ、星の数ほどな。我とこやつは、恐らくだが別の世界からきたのだろう」


 少し引き気味の二人に、シュマは首を傾げる。


「うふふ、どうしたの二人とも……仲良くしてくれないの……? じゃぁこの子の最初の友達は……そうだ、あの猫さんにしましょうか。丁度いいわ、あなたに何ができるのか、私に教えて」


 スキップしながら部屋を出ようとするシュマに、慌ててアンリは声をかける。


「えっと……シュマ、その子の使用には制限をつけようか。僕の身近な人への使用は禁止だよ。キャスと、ジャヒーと、アシャと……ベアトもかな」


 鼻歌を歌いながらシュマは笑顔で頷き、部屋を後にした。


 地下室の階段を上がりながらシュマは独り言ちる。


「うふふ、流石兄様あにさま、分かってくださってるわ。私自身には、使用してもいいってことよね。うふ、うふふふ、あは、あははははは! いいわぁ、とっても、気持ちいいわぁ!」


 恍惚とした表情で涎を垂らす姿は、13歳の少女のものとは思えない。

 その表情はさながら、悲願を達成した傾国の魔女のものだった。

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