105 終戦

「あはは! 凄いよ! 思った以上の威力だ!」


 広がる余波を受けながらも、アンリは興奮し大声を上げる。

 アンリの魔法、<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>は想定以上の効果を発揮していた。

 その威力は凄まじく、パールシア共和国の兵だけでなく、アフラシア王国側にも多少なり被害がでているようだ。


「こっちの軍も少し巻き込まれちゃったかな!? まぁいいか、死んじゃってないことを祈ろう!」


 今回使用した魔法は、闘技大会の決勝戦で使用した魔法、<神の涙ティアーズ・オブ・ゴッド>と似ているものだ。

 人工衛星を活用した、大気圏外からの攻撃になる。


 ただし、今回は前回の魔法よりシンプルだ。

 衛星から魔鉱石を地上に落としただけなのだ。

 落とした魔鉱石は槍のような形状をしており、全長1メートル、直径30センチメートルとかなり小規模な物になる。


 しかし、<遠隔操作テレキネシス>の魔法と重力により、その落下速度は際限なく上がり、地上に到達する頃には、時速10,000キロを優に超える。

 そして膨れ上がった莫大な運動エネルギーは、地上に衝突することでその仕事をこなす。

 大地を抉り、爆風を生み、人の命を奪ったのだ。


「凄い……神様……みんなにも……早く……」


 指先で丸を作っている手を震えさせながら、シュマはぶつぶつと呟き映像の記録を続けている。


「もう少し大きな魔鉱石にしたらどうなるんだろう! 勿体ないけどいっそ黒魔鉱石を使ってみるとか!? いやぁ、試したい! 海上で実験してみるか……? いや、折角だから生き物相手に試したい……」


 アンリの興奮がさめない中、眼前の光景にアンリのペットは言葉を失い茫然としていた。

 爆風が収まり、それでもアフラシア王国軍がパニック状態にある中、我に返ったミアが言葉を絞り出す。


「す、すす、凄いにゃ……ご主人様のペットになってなかったら、みゃー達はあそこで終わっていたにゃ……一生ご主人様についていくにゃ!」


 その言葉を聞いたシュマは、笑いながらミアに近づき、耳を引きちぎる。


「ぎゃあぁぁぁあ!! 痛い、痛いにゃぁぁぁあ!」


 耳を抑え悲鳴を上げるミアの髪を、シュマは思い切り掴む。


「あぁ、あぁ、大変だわ。折角兄様あにさまの奇跡を映像に収めていたのに……駄猫の鳴き声が入ってしまったわ」


 その言葉を聞いたミアの顔は蒼白になる。

 痛みから涙を流しているが、なんとか声を出さないように、急いで両手で口を抑える。

 しかし、その努力は遅すぎた。


「でも、仕方ないわね。ペットには躾が大事って兄様あにさまが言っていたし……兄様あにさま、私、この子を少し躾けてくるわね」


「あぁ、面倒をかけて悪いね」


 シュマはミアの髪を掴んで引き摺り、元の椅子に座る。


「ごめんなさいにゃぁ! ごめんなさいにゃぁ! 許して、許してくださいぃぃ!!」


 ミアの懇願はその一切を無視され、<遠隔操作テレキネシス>によりシュマの椅子が浮遊し西へと飛んでいく。


「痛いぃぃ! 痛いにゃぁぁ!」


 ミアの髪を捕んだままのシュマが目指しているのはザラシュトラ家か、学院の自室か。

 どっちにしろ、ミアを待っている未来は同じことだ。


「やれやれ、魂の転移実験は成功したんだから転移魔法を使えばいいのに……まぁ、僕も怖くて使いたくないけど……それにしても──」


 アンリは自分の腰に抱き着いているベアトリクスを見ながら言う。


「君は良かったの? 昨日まではあんなに猫ちゃんを大事にしていたのに」


 その声に反応したベアトリクスは、恍惚とした表情を浮かべながらアンリを舐める。


 ──ぺろ、ぺろ


「あはは! こら、くすぐったいよベアト! 分かった分かった、後でいつもの粉を上げるから」


 その言葉を聞いたベアトリクスの顔は嬉々として歪み、涎と愛液で自身の服をべちょべちょに濡らしている。

 耳を立たせ尻尾を振るベアトリクスの目には、ミアの姿はもう映っていなかった。


「さて、別にここに居ても仕方ないし、僕達もそろそろ帰ろうか。ジャヒー、珈琲でも入れてくれないかな」


 ジャヒーが飲み物を用意している中、アンリを乗せた絨毯は戦場から離れていった。




 開戦と同時に放ったアンリの魔法により、アフラシア王国とパールシア共和国による戦いの決着はつく。

 開戦と同時に終結したのだ。

 ”1分戦争”と呼ばれたこの戦いにより、パールシア共和国は保有していた全ての夢マタタビを失うこととなる。

 そして、その名の通りダンジョンと一緒に一切の希望は無くなり、降伏することになった。


 アフラシア王国に統合された旧パールシア領の待遇は、お世辞にもいいとは言えないものだった。

 待遇の悪い獣人族が大半だったということもあるが、旧パールシアの民のほとんどが薬漬けとなっていたため、労働力として期待できなかったのも大きな理由だ。

 まともな生活を維持できたものは数えるほどしかおらず、大抵は奴隷となるか餓死するか、はたまた見せしめとしてアフラシア王国軍に殺されるかだ。


 その為、パールシア共和国の民が万単位で行方不明になったことなど、気に留める者は誰もいなかった。

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