104 開戦

「あの二人はまだこないのか!? もう戦いが始まるぞ!」


 パールシア共和国にて、戦の大将を任された男が大声を出す。

 だが、その問いに答えられる者はいない。


「それみたことか! 冒険者などを信じるからだ! だが、あんな女共は戦にはいらん! 俺たちには、この希望の粉さえあればいい!」


 パルティアン平原の東に、パールシア共和国およそ3万の兵が布陣していた。

 対するアフラシア王国は、平原の西に約10万の兵を構えている。


 戦力は3倍以上となり、常識的に考えるならこの戦いはアフラシア王国の勝利だろう。

 だが、パールシア共和国の兵の目は希望に満ちている。


「お前等! 夢マタタビを持っているな!? 服用を許可する!」


 大将の命令により、兵たちは嬉々として夢マタタビを鼻から吸い始めた。

 早く効果が表れてきた者は、今にも西に向かって走り出しそうになっている。


 今回の戦のために、パールシア共和国に存在する全ての夢マタタビを搔き集め、ごく少量ずつではあるが3万の兵に分け与えた。

 夢マタタビにより、その戦闘力は大幅に上がる。

 1人が5人を相手にできるという計算であれば、この戦争の勝算は高いとふんだ。

 パールシア共和国の上層部まで薬漬けとなり、楽観的な思考となっているのだろう。


「勝てる! 俺達は勝てるぞぉぉ!」

「これまで好き放題やってきたアフラシア人め! 俺達に好き放題される覚悟はあるんだろうなぁ!」

「イイぞ! 久々にキた! イイ感じだぁ!」

「見える! 見えるぞぉぉ! 俺には神が見えるぅぅ! みんなぁ! 天を見てみろぉぉ!」


 パールシア共和国には、自分達の勝利を疑う者はいなかった。



 -----------



「あはは、向こうさんの士気は凄いね」


「うふふ、何をあんなに喜んでいるのかしら。もしかしたら、もう天使が見えているのかもしれないわ」


 アフラシア王国軍10万の後方にて、アンリとシュマは睨み合う両陣営を眺めていた。


 アンリとシュマは絨毯の上に置かれた豪華な椅子に座っており、傍にはジャヒーが控え、足元にはペットが二匹いつくばっている。

 ジュースを飲みながら肘をつきくつろいでいる姿は、戦場にはとても不釣り合いだ。

 椅子の下に敷かれた六畳ほどの絨毯は、ただの絨毯ではなく空を飛んでいる。

 俗に言う、空飛ぶ絨毯である。


「ぺろ……ぺろ……」

「にゃぁぁ」


 時折アンリがペットの獣耳を触っているのを見て、シュマは声をかける。


兄様あにさま、それはそんなに気持ちいいの?」


「あぁ、これは気持ちいいってのもあるけど……どちらかと言えば、ストレス発散を兼ねててね……セラピーってところかな。ストレスをなるべく取り除くことでね、寿命を延ばす効果があるんだよ」


 アンリの回答に、シュマは疑問に思う。


兄様あにさまは永遠じゃないの? 兄様あにさまの魔法は完成したんじゃないの?」


 アンリがアルバートにお願いしていた実験の中でも、魂の定着化は成功していた。

 アルバートが優秀だったというのもあるが、魔界の神であるダハーグの助言があったことも大きい。

 しかし、アンリはまだ納得できていない。


「いいや、まだ永遠じゃないね。魂の風化を防ぐことができないんだ。今のままだと、何十年と時を重ねるうちに魂が削れていく……そう、いつか死んじゃうんだよ」


 その言葉に、シュマは大きく慌てる。


「そ、そんな! 兄様あにさま……どうしましょう……兄様あにさまも……私も……死んじゃうの……? 嫌だわ、嫌だわ私。こんなに、こんなに世界は楽しいのに、いつか無くなっちゃうなんて……とても耐えられないわ」


 ついに泣き出したシュマを、アンリは優しく諭す。


「大丈夫だよシュマ。いつか、死んじゃうってことは本当に怖い事だ。僕も昔は、その事実が何よりも怖かった。でもね、それはその時に無力だったからだ。死に抗う術が無かったからだ。僕は、僕達はね、今、確実に、死に抗えているんだよ。だからね、何も怖くないよ。僕もシュマも、永遠だよ」


「あぁ……兄様あにさま……良かった。本当に良かったわ。天国よりも地獄よりも、私は今が一番好きだもの」


「ふふ、シュマ、天国も地獄もないんだよ。でも、シュマが好きな今を……っと、合図がきたようだね」


 アフラシア軍の兵士の一人が、アンリに向かって光を点滅させているのを見つけたアンリは椅子から立ち上がる。


 アンリは今回の戦において、一番最初にパールシア軍に魔法を打ち込む手筈になっていた。

 自身の魔法の実証実験をしたかったため、駄目元で提案してみたのだ。

 すると、方法が明らかにされていないとはいえ戦争の火種を作った功績を評価され、その提案は採用されたのだ。


 魔法の原典アヴェスターグを捲っているアンリに、シュマがおねだりをする。


「ねぇ兄様あにさま。私、記録をしてもいいかしら」


 そのおねだりは、アンリにとっても望ましいものだった。


「勿論! むしろ僕からお願いしようとしていたんだ。魔法の改良のために後で見直したいからね」


「うふふ、本当!? やったやった♪ 良かったわ、後でみんなで拝見しないと」


 ひとしきり飛び跳ねて喜んだ後、シュマは親指と人差し指で丸の形を作る。


『<映像記録魔法レコード>』


「よし、それじゃぁ戦争を始めようか。味方の兵もいるからね、かなり弱めにしておこうかな……パールシアの皆さん、さようなら」


 シュマによる撮影が始まったのを確認したアンリは、開戦のための魔法を唱える。


『<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>』


 突如、天空から何かが飛来する。


 アフラシア軍からすれば、それは隕石に見えただろうか。

 薬をきめているパールシア軍からすれば、それは神の救いに見えただろうか。


 光速とまでは言わないまでも、音速をはるかに超えたその物体は、パールシア軍に逃げる時間を与えず、陣の中心に衝突する。



 パールシア共和国3万の兵は、一人残らず死滅した。

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