103 side:ジェーン・ドゥ 後

 私の罪。


 分かっている。


 私が何をしたか、してしまったのか、分かっている。


「私の……せいじゃない……っ!」


「いいや、君のせいだよワンコちゃん。よく考えてみなよ」


 だって、仕方ないじゃない……


「パールシア共和国の冒険者組合に来るなんて……戦争をしたかったんじゃないか……」


「いいや、違うよワンコちゃん。いきなり行方不明になった自分のパーティーリーダーによく似た人の目撃情報があれば、そりゃ他国であっても飛んでいくでしょ」


 私を探しに来てくれた……

 当たり前だ。

 私達のパーティーは、とても仲が良かった……

 でも、でも……


「殺気立ってたって……揉め事を起こしてたって……」


「いいや、違うよワンコちゃん。殺気だっていたのはパールシアの冒険者達だ。悪魔の粉を奪われると勘違いしたのかな? あれだけ殺気だって彼らを囲めば、そりゃ自衛の為に強張るのも仕方ないよ。揉め事を起こす時は、決まってパールシアの冒険者が先に仕掛けていたよ?」


 そうだ……”気高き狼”が先に仕掛けるわけがない……

 彼らは……私達は……同朋を何より大事にしていたのだから……

 でも、認められない……


「ミアにちょっかいを出したって……」


「いいや、違うよワンコちゃん。ちょっかいを出したわけじゃなくて、話しかけただけなんだ。自分のとこのリーダーらしき人とペアを組んでいるんだ。そりゃ話を聞きたくなるのは当たり前でしょ?」


 そうだ……私とミアはいつも一緒だった……

 私のことを確認したければ、ミアに聞けばすぐ分かるだろう……

 でも、認めたくない……


「ミアは先に攻撃されたって……蟲を使って襲ったって……」


「いいや、違うよワンコちゃん。猫ちゃんは何もされていないよ。君が一番分かっているはずだ。君のパーティーに蟲を使う人なんていないでしょ? 蟲の幻覚を見るのはね、”悪魔の粉”の副作用としては、よくあることさ。猫ちゃんは何もしていない彼らを傷つけたけど、彼らは矛を納めてくれたんだよ?」


 そうだ、私達のパーティーはみんな、その身体能力を活かした戦い方だ……

 蟲はおろか、攻撃魔法や幻覚魔法すら使う人はいない……

 嫌だよ……認めたくないよ……


「ミアが……鬼みたいって……悪魔みたいって……」


「いいや、違うよワンコちゃん。それも猫ちゃんの勘違いだよ。”悪魔の粉”の副作用で、周りのものが全て怖くなってしまうんだ。君も、そんな人を見たことがあるんじゃない?」


 そうだ、その副作用を私は知っている……

 何かに怯え、周りの全てに威嚇していた中毒者を……私は嫌というほど見てきたはずだ……

 嫌だよ……止めてよ……もう止めて……


「でも……ミアを誘拐しようとした……ミアを……痛めつけた……」


「いいや、違うよワンコちゃん。それは彼らの親切心だったんだよ。明らかに薬の中毒症状が出ている猫ちゃんを、彼らは保護しようとしたんだ。だけど、猫ちゃんが武器を振り回して暴れるから、仕方なく戦闘になったんだよ……君があの場にいった時は、もう戦いは終わっていたはずだよ?」


 止めて……嘘だよ……こんなの……ひどいよ……


「……じゃぁ、私は……彼らを……」


「あははははは! そう! そうだよワンコちゃん! 君は何の罪もない自分のパーティメンバー三人を、皆殺しにしたんだよ、あははははは! いや、君もなかなか酷いよね!?」


 私が……殺した……彼らを……この手で……

 まだ感触が残っている……この手に……あの時の感触が……


「いやぁ、あの戦いは凄かったね!? 最初の二人は首をスパッといっちゃて、最後の一人はもう死んでるのに何回も殴り続けるんだもの。それほど恨みがあったのかな? なんだかあの人は、君に似ていたけど」


「あぁ……あぁぁ……」


 思い出す。

 仲間二人の首を斬って。

 最後の一人と戦闘になって。


 ──ベアト! 正気に戻ってくれ!──


 泣いているのに無視して……

 叫んでいるのに殺して……


「あぁ……あぁぁぁ……あぁああぁぁぁああぁぁぁぁ!!」


 何度も、何度も、何度も……潰した……

 お兄ちゃんを……たった一人の肉親を……


「うぅぅぅぅぅぅう!! ごめんなざいぃぃ!! ごめんなざぃ、ごめんだざい、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」


 これが私の犯した罪

 絶対に償うことのできない罪

 決して忘れられない罪


「ごめんなざい! ごめんなざい! ごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざい」


 ごめんなさい

 全部、私が悪いです

 私が仲間を、家族を殺したんです

 私がこの国を破滅させたんです


「ごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざいごめんなざい」


 ごめんなさい

 私に生きている価値はありません

 私なんかが生きることは許されません


 でも、でも、でも……


「にゃはぁぁ♪ いいにゃぁっ! あっはぁぁ!」


 ミアを守らなきゃ……

 それが私の最後の……私の最後の救い……


「これにゃぁぁ♪ ジェーンも──」

 ──ぶちゅっ


 ………………え?



 …………あれ? ミア?


「あはは、ちょっと猫ちゃんが五月蠅うるさかったからね」


 少年の靴が血で濡れている。

 ミアを踏んだから。

 ミアを潰したから。


 ミアの頭は……弾けていた……


「みぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」


 私の最後の救いが簡単に壊された。

 この男が殺した。

 この悪魔が殺した。


「ふぅ……それでね、ワンコちゃんに頼みがあってきたんだよ。僕のペットになってくれない?」


 何を言っている?

 お前は、私のミアを殺したんだぞ?


「お前はぁぁぁ! 殺すぅぅぅ! 殺す殺す殺すぅぅ!!」


「……アンリを傷つけることは許さない」


 黒髪の女が私を金色の瞳で見つめてくる。

 たったそれだけのことで、私は一つの行動を制限された。


「殺す殺す殺す殺すぅぅ! よくもミアをぉぉ!!」


 呪いの言葉を吐くことしかできない。

 悪魔に攻撃ができない……

 悔しい。

 ミアの仇が目の前にいるのに。

 悪魔を攻撃することだけが、できない。


「ミアをぉぉ……ミア……ぅぅ……」


 何もすることができない。

 涙を流すことしかできない。


「あはは、元気がなくなっちゃったね。そんなに大事な人だったんだ。じゃぁ、最近開発することができた魔法をみせてあげるよ。『蘇生魔法リザレクション』」


 …………え?


「あれ? みゃーは何を……ジェーン、どうして泣いているにゃ?」


 さっき死んだはずのミアが、そこにいた。


「ミア……ミアなの……?」


 私の最後の希望が、そこにいた。


「あはは、どうだい? 種明かしをするとね、先に猫ちゃんの魂を定着させていたんだよ。僕も神じゃないからね、事前準備をしておいたわけさ。あぁ、君のお兄さんは無理だよ? そもそも、君が跡形もなく潰したせいで、どこに魔法をかけたらいいか分からないよ」


 言っている意味がよく分からない。

 とにかく、ミアが助かった。


「でも気を付けてね? 僕の魔法は身体を癒すことはできるけど、心までは治せないんだ。だから──」


「あひぃぃっっ! にゃはぁ♪ いいにゃぁっ♪」


「──薬にはまだ目が無いってわけさ」


 ミアがだらしなく腰を振り、地面に体を擦りつける。

 いい、とにかく、ミアが無事ならそれでいい。


「話を戻すよ? ワンコちゃん、僕のペットになってくれない? まずは、そうだね……汚い血で汚れちゃった僕の靴を舐めてくれないかな?」


 言いながら、悪魔は足をミアの頭の上に置く。


「やめて……お願い……ミアだけはやめて……もう、許して……」


「あはは、それは君の態度次第かな。どうするの? 舐めるの? 舐めないの? 僕としては、本当に、本当にどっちでもいいんだけど」


 私に選択肢なんて無い。

 ミアを見捨てることなんて、できるわけが無い。


 ──ぺろ、ぺろ


「あはは! いいペットが手に入ったよ! いやぁ良かった。昔、犬を飼いたい時期もあったけど、親が許してくれなかったからなぁ……」


「私は……ぺろ……犬じゃない……ぺろ……狼だ……」


 経験したことのない屈辱も、ミアのためなら受け入れよう……


「ん? あぁ、どっちでもいいじゃないか……というより、なんでペットなのに喋ってるの? ほら、鳴いてみせてよ。犬みたいに、わんわんってさ」


 悪魔は粉をばら撒きながら命令する。

 ミアの頭を踏みつけたまま。


「ぺろ……わん……わんわん……わん! わんわん! わんわんわん!」


「んぅぅ! にゃはぁ♪ くぅぅう! おほおぉぉぉ!」


 頭を踏みつけられたまま、ミアが私の体を弄りだす。




 もう駄目だ


 わけがわからない


 もういいや


 気持ちいいんだもの


 堕ちよう


 堕ちるとこまで、堕ちていこう


 もう疲れたよ


 本能に従おう


 ばいばい、お兄ちゃん




「わん! ぐぅぅぅ、わんわん! くひぃぃぃ! わんわんわん!」


「にゃぁぁぁ! んぅぅぅー! にゃぁ、にゃぁぁぁぁ!」


 今の私達はまさしく犬と猫


 それでいい


 本能のままに堕ちていこう


 どうせ、何も救えないんだから

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