102 side:ジェーン・ドゥ 前

「あはは、そろそろいいかな。夢から覚める時だよワンコちゃん」


 突如部屋に聞こえた声に驚くも、私は直ぐに戦闘態勢をとる。

 黒髪の少年。

 黒髪の少女。


「悪魔の子か……」


 私の呟きに、黒髪の少女がピクリと反応する。

 しかし、男は全く意に介していないようだ。


「あはは、久々に聞いたね、それ」


「アンリ……殺す?」


「いや、ちょっと待ってよアシャ。今日は……そうだね、表彰式のようなものだよ。一番の功労者を労わなくちゃ。ね? ……確か、ジェーンだっけ?」


 黒髪の二人が話している間に隙を伺うが、なかなか強者であるらしく踏み込めない。

 そもそも、私達に気付かせずに部屋に入ってくる時点で、かなり危険な連中なのだろう。


「お前たちは何者だ。私達に何の用だ」


 隣で怯えているミアを片手で抱きしめながら、悪魔の子に問いかける。


「あはは、いつの間にか随分と可愛いペットを飼っているじゃないか。全く、この国で一番楽しんだのはジェーン、君じゃないかな。まぁ、さっさと話しを進めようか。アシャ、頼むよ」


「……ん」


 黒髪の少女が眼帯を外す。

 そこには、金色の輝きを放つ瞳があった。

 魔眼だ。

 それもかなり危険なものだ。

 少しその目を見てしまっただけで、意識が朦朧となってしまう。


「あはは! アシャの目は凄いでしょ! なぜか、アシャも魔法刻印の傷が回復しないからね。元々あった魔眼を改造してみたんだ。魔眼だけに魔改造……ってね。じゃぁ、預かっていた君の記憶を返してあげるよ」


「────があぁぁ!?」


 少女の金色に輝く瞳が更に強い輝きを放ったと思えば、強い頭痛が私を襲う。

 私の頭に、大量の何かが流れ込んでくる。


「あぁぁぁぁ! 痛いぃぃぃ! 止めろぉぉぉ!」


「ジェーン!? どうしたにゃ!?」


 ミアが心配してくれている。

 だが、そんなミアに何も声をかけることができない。


 痛い。

 頭が割れそうだ。

 痛い。

 涙が流れている。

 痛い。

 痛い。



 流れ込んできたのは、記憶だ。

 私が忘れていた記憶。


 頭痛の波が去ったと思えば、私を無慈悲な攻撃が襲う。

 それは、事実。

 それは、真実。

 それは、私が犯したどうしようもない罪。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!! やめてぇぇぇ! 許してぇぇぇぇ!」


 泣く。

 許しを請う。

 慈悲を求める。


 何をしようが、許されることのない罪。

 それは、私をどうしようもなく傷つける。


「どうしたにゃ!? ジェーン! 落ち着くにゃ!」


 ミアの声を聞きながら、私は思い出す。





 私はジェーン、ジェーン・ドゥ。


 私には記憶が無かった。

 気付けば、パールシア共和国のダンジョンに居た。

 そこまでの記憶は一切無い。

 だから、私は身元不明人ジェーン・ドゥ




 思い出した。

 私の記憶は、一度消された。

 あの魔眼の力で、消されたんだ。



 目の前の少女には会ったことがある。

 あれは、記憶を消された時だ。


 目の前の少年にも会ったことがある。

 あれは、国王に呼ばれた時だ。



 私の名前は、ベアトリクス。

 ”気高き狼”のリーダー、”金色こんじきのベアトリクス”だ。




「止めてぇぇぇぇぇ! お願いぃぃ、止めてぇぇぇぇぇぇぇ! 殺してぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 泣く。

 叫ぶ。

 私の罪に耐えられない。

 でも、私には何もできない。


 私が何か攻撃されていると思ったのだろう。

 ミアが短刀を握りしめ、少女に駆ける。


 すると、少年が何かをばら撒いた。

 鞄何袋分になるのだろうか。

 大量に撒かれた物は、”夢マタタビ”だ。


「ふぁぁぁっ……にゃはぁ♪ にゃぁぁぁ!! にゃはぁ、にゃにゃぁぁぁ!!」


 摂取をしたわけではないのに、その尋常じゃない量の夢マタタビの匂いを嗅いだだけで、ミアは腰が砕けてしまう。


「あひゃぁぁ! にゃぅぅぅぁ♪ んほぉぉお!」


 ミアはひたすら粉に身を擦り付けている。

 少年が夢マタタビを出したことに驚愕し、私は少年に問う。


「それは……なんで……そんなに大量に……」


「あはは、”夢マタタビ”って言うんだっけ? この粉の製作者としては、それはどうかと思うなぁ……僕はこれを”悪魔の粉”と呼んでいるんだけどね」


「お前が……作った……?」


「そう、僕が作ったんだ。この国を破滅させるためにね。いやぁ、それにしても思ったより早かった。ワンコちゃんのおかげだね」


「私の……おかげ……?」


 そうだ、それは私のせいだ。

 私は誰よりもダンジョンに潜った。

 私は誰よりも”夢マタタビ”を集めた。

 私は誰よりも”夢マタタビ”をパールシアに広めた。


「あぁぁぁ……私が、私がぁぁぁぁぁ!!」


「ぷっ……そうだよワンコちゃん。君が広めたんだ。”幸せを呼ぶ希望の粉”だって? 違う違う、これは”地獄への片道切符”さ」


 全てはパールシア共和国の為に。

 全ては獣人族の未来の為に。


 だけど、私の行動は、間違っていた。

 私のしてきたことは、パールシア共和国をただ地獄へ誘っただけだ。


「ごめんなさい……なんで……許して……」


「あはは、凄いよねワンコちゃん。そりゃまぁ協力しようよ言ったのは僕だよ? でも、君がここまで頑張ってくれるとは思わなかったよ。僕は君の記憶を消してパールシアへ飛ばしただけだよ? 少しだけ暗示をかけたけど、何かを強制したことはないんだよ?」


 私は……私は……守りたかったんだ。

 この国を……皆を……守りたかったんだ。


 放心している私に、悪魔が追い打ちをかける。


「あはは、さぁワンコちゃん。懺悔の時間はまだ終わっていないよ? 君のした罪をちゃんと認めようじゃないか」


 そしてまた、私は記憶を辿る。

 どうしても忘れたいこの記憶は、黒髪の少女は消してくれない。

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