100 気高き狼2

 夜の街を、ジェーンは走る。


(凄い、凄い凄い凄い!)


 その体は夢マタタビにより強化されており、とんでもない速度でミアへと近づいていく。

 あまりにも動きが速すぎるため、すれ違った者達にはジェーンの顔は認識できず、その長く伸びた髪の色彩だけが認識されただろう。


(体が軽い! 羽よりも更に軽い! これなら、”気高き狼”にだって、”金色こんじき”にだって負けはしない!)


 そして、すぐにミアがいるであろう場所に辿り付く。

 そこは廃墟だった。

 最近のパールシア共和国は廃墟だらけになっているが、その一つだ。


 そこで、ジェーンは見てしまう。


 傷だらけになり、膝をついているミアを。

 自身の短刀を折られ、項垂れているミアを。

 そんなミアを囲み、武器を納めながら近づいていく獣人族を。

 首にかかった黒いプレートから、”気高き狼”と思われる獣人族を。


「み……ミア……おまえ……ら、お前等ぁぁぁぁぁあああああ!!」


 ジェーンはキレた。

 その本能のままに、ミアに一番近い獣人族に斬りかかる。


「なっ!? ち──」


 襲われた男には、何が起こったのかも分からなかったかもしれない。

 気付いた時には、ジェーンの剣で首を刎ねられていた。


 残りの獣人族に振り返った時、ジェーンの首元が光る。

 それは、黒色のプレート。

 すなわち、Sランクの証だ。


 Sランクの冒険者となれば、その数は数えるほどしかいない。

 目立つことが好きではないジェーンは、普段はその証のプレートを隠し行動していた。

 手柄に執着しないのはある種当然かもしれない。

 これ以上、ランクは上がらないのだから。


 ”気高き狼”のメンバー達は、驚愕から大声を上げる。

 だが、その言葉はジェーンには聞こえない、届かない、理解されない、されようとしない。


「お前らは、獣人族の恥だ……殺す、殺す、殺す殺す殺す殺すぅ! ミアを泣かせる奴らは許さない! お前らは、地獄で悪魔とでもよろしくヤッてろ!」


 夢マタタビを使用したSランク冒険者。

 それは、”気高き狼”であっても対処できるものではなかった。

 ジェーンの動きを目視することすらできず、また一人、一撃で頭と胴体を切り離されてしまう。


「───! ────────!」


 最後の一人は泣きながらジェーンに剣を向け、大声で叫んでいる。

 その言葉が伝わらないのは、ジェーンに聞く気がないこともあるが、叫んでいる本人にも、何が起こっているのかまだ理解できていないからだろう。


「怖いのか? 何を今更……先に仕掛けたのは……お前等だろうがぁぁ! 殺す、殺すぅぅ! 私の目の前から、居なくなれぇぇぇぇぇぇ!」


 怒りのままにジェーンは剣を振るう。

 最後の一人は他の者よりも突出して強く、一撃で屠れないことにジェーンは酷く苛つく。

 相手の綺麗な金色の髪と、神に愛されたとさえ思わせる美形な顔すらも、今のジェーンには癪に触った。


「しぶとい! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ねぇぇぇぇ!!」


 だが、夢マタタビにより強化された今のジェーンにとっては、敵とまでにはならなかった。

 打ち合いによりお互いの剣が折れた瞬間、ジェーンは相手の喉元に貫手を放つ。

 その攻撃は、今のジェーンであれば剣よりも殺傷力があったのかもしれない。


 貫手が直撃し、大量の血が首元から噴出する。

 それだけで命を絶つことはできただろう。

 だが、ジェーンは満足しない。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 ジェーンは倒れた相手に馬乗りになり、怨嗟の声を吐きながら、何度も何度も素手で殴る。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 顔に潰す部分が無くなれば、次は上半身を殴りだす。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 上半身に潰す部分が無くなれば、次は下半身を。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 ひたすら、ただ本能のままに殴り続ける。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 殴る、殴る、殴る。

 殴っては殴り、殴っては殴る。


「死ね! ……カスが……同族の面汚しがっ!」


 ジェーンの気が済んだ頃には、指先の欠片すらも残っておらず、ただ血の海が広がっていた。


 ジェーンはふらつきながらもミアに近寄る。


「ジェーン……にゃはは……強すぎだにゃ……Sランクだったなんて、どうしてみゃーにも言ってくれなかったのにゃ……」


 助かったというのに、ミアの表情は冴えない。

 その頬には涙が伝っている。


「本当に……ごめんなのにゃ……ジェーンには、もう会えないにゃ……みゃーのことはもうほっといて──」


 ──ミアの言葉は、ジェーンの唇で蓋をされ、最後まで続かない。


「んぅ!? …………んふ……んぅ……」


 ミアは驚くが、次第にその目はトロンとしたものになっていく。


「あむ……んっ、ちゅぅ……」


 お互いが夢マタタビを使用しているので、舌の愛撫だけでも相当な快感を得ていた。

 長い口吸が終わり、ジェーンはミアを物欲しそうな目で見つめる。

 ミアはあまりにもいきなりの事に、心の準備ができていないようだった。


「はぅ…………ど、どどど、どうしたのにゃジェーン!?」


 頬を赤く染めたミアに、ジェーンは優しく笑みを浮かべる。


「ミア……気付いたんだ。私にいつも元気をくれていたのは……私にとって一番大事なのは……ミアなんだよ」


 ジェーンの全身は、”気高き狼”の血で真っ赤になっており、普通の感覚であれば恐怖を感じるところかもしれない。

 だが、そんなことはミアには関係ないらしい。

 ミアの涙は嬉し涙に変わり、肩を震わせる。


「ジェーン……嬉しい……嬉しいにゃ……ん」


 唇への愛撫は、耳に、首に、胸に、そして全身へと移っていく。

 お互いの、柔らかでいて熱い感触が密着し擦れ合う。


「はぁ……ミア……んちゅっ、あむぅ……」


「ジェーン……れろっ、ちゅぷ……にゃぁぁぁ……」


 お互いの熱い気持ちと夢マタタビが、二人の快感を何百倍にも増幅させていく。

 それはまさに天国に昇っているようだった。


 ジェーンには分かっている。

 快楽により天国へ昇る一方で、後の自分が地獄へと堕ちていくことに。


「んふっ、あっ、ぅぁあ……ミア……もっとぉ……ちゅぱ」


「そぇ、だめ……んくぅぅっ……ほんとっあうぅぅぅ」


 だが、止められない。

 この甘い一時は、ジェーンが今一番求めているものだ。


「ひあぁぁぁっ、あんっ、はぁぁ、ちゅっぱ、じゅる」


「ら、らめぇぇ……そこっっ、あぁぁぁっ」


 死体と血の海が転がる廃墟の中、血まみれの美女が二人、体を重ねる。

 ただただ快楽を感じるために、お互いを求め嬌声をあげる。

 その行為は、朝日が昇るまで続いていく。

 そのまま眠りについた二人は、確かに幸せを感じていたのだった。

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