99 気高き狼1

 乱れた衣服を整えたジェーンは、パールシアの夜を歩く。


(なんで……こんなことに……)


 やはり昼間の光景は夢ではなく、夜でも地獄は広がっていた。

 至るところから怨嗟とも思える声が上がっている。

 その光景にジェーンの心は疲弊していく。


 ジェーンはこれまで、パールシア共和国を思って行動してきた。

 今でも、何とかこの国を救おうと、自分にできることをやろうとしている。

 しかし、この国の破滅はもう止められないことに、薄々と気付いていた。

 そして、なんとか気付かないフリをしてきた。


(ミア……助けてよ、ミア……)


 今思い出されるのは、一緒に行動してきたミアのことだ。

 ミアはジェーンに助けられてきたと思っていたが、ジェーンこそミアに助けられていた。

 一人で不安を感じていたジェーンは、いつも陽気なミアから活力を貰っていたのだ。


(ミアを……せめてミアを助けなくちゃ!)


 今は薬に溺れているとはいえ、ミアの存在はジェーンの中でとても大きなものになっていた。

 せめて一番大事な人を助けるためにと、ジェーンは行動する。

 匂いも感じ取れず、ミアがどこに行ったか分からないため、冒険者組合で情報を集めることにした。


 冒険者組合でジェーンを迎えたのは、えらく殺伐とした雰囲気だ。

 ジェーンは嫌な予感を感じながらも、受付嬢に何があったのかを聞き出す。


「ミアが……攫われた……?」


「い、いや……正確にはまだ攫われていません……ですが、時間の問題かもしれません……」


 聞けば、ミアは他の冒険者達と争いになったようだ。

 その会話を聞いていた第三者が、争いとなった冒険者達がミアを拘束すると言っていたのを聞いていたらしい。

 ミアの相手は強く、複数ということもあり、夢マタタビを使用したミアでも分が悪かった。

 それを悟ったミアは逃げだしたが、その時の争いで手負いになったため、捕まるのも時間の問題だという。


「ミアよりも強い冒険者なんてパールシア共和国に……もしかして……あ、相手は……?」


 ジェーンには心当たりがあった。

 どうか違いますようにと、神に祈りながらの質問だったが、その希望は打ち砕かれる。


「相手は……"気高き狼"です……黒いプレートを確認したので、間違いはないかと……ひっ!」


 受付嬢の答えを聞き、ジェーンは自分の髪の毛が逆立つのを感じた。

 受付嬢の顔が蒼白になっていることから、自分が酷い顔になっていることも想像できた。

 だが、この怒りだけは、何があっても鎮めることはできない。


「なにが……なにが英雄だ……同胞で争うなんて……ゴミ以外の何者でもない……クズめ……カスめ……ミアは、ミアはお前達には渡さない……」


 ジェーンは懐から夢マタタビを取り出す。

 貴重な夢マタタビを見て、組合にいる冒険者も受付嬢も、喉をごくりと鳴らす。

 周りの目を一切気にせず、ジェーンは夢マタタビを一気に鼻から吸いこんだ。

 親指の爪ほどしかない量ではあるが、その効果は絶大だ。


(これが……夢マタタビ……凄い……凄い凄い凄い凄い凄い凄い! 凄いよ、この粉凄いよ!!)


 見える。

 人の筋肉の動きまで見える。

 人の未来の動きまで見える。

 ミアを救い、パールシアを救い、希望に満ちた未来までも見えてしまう。


 聞こえる。

 周りの小さな声まで聞き取れる。

 集中すれば、ミアが呼んでいる声が聞こえる。

 ジェーンの助けを求める声が聞こえる。

 ”金色こんじき”を討ち、アフラシア王国を討ち、喝采する国民の声までも聞こえてしまう。


 匂う。

 いつも嗅ぎ慣れた匂いを感じる。

 ジェーンをいつも助けてくれていた、あの優しい匂いを遠くで感じる。

 どこにミアがいるのか、この場からでもはっきりと匂う。

 自分の本能のままに、ただただ本能のままに快楽を貪った時の、芳醇な香りまでも匂ってしまう。


 そこからのジェーンの動きは早かった。

 額に血管を浮き上がらせながら、獲物を確かめ組合を飛び出していく。


「ま、待ちなさい! 一人では無理です! ジェーン! ジェーン・ドゥ!」


 全ての感覚をミアに集中しているジェーンには、受付嬢の声は一切届いていなかった。

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