98 破滅の音

「ふっ! せいっ! はぁ!」


 パールシア共和国にて、今日もジェーンは希望のダンジョンに籠っていた。

 勿論、狙いは夢マタタビだ。


「……せいっ!」


 ミアはまだ体調を崩しており、今日もジェーンは一人だった。


「………………なんでっ!」


 一週間も寝ずにダンジョンの探索をしているため、ジェーンの目の下には大きなクマができていた。

 しかし、鞄の中戦利品は微々たるものだ。


「……なんで……どうして……」


 以前は三日もあれば、鞄一つ埋めることのできる量を入手できた。

 しかし、発見される夢マタタビはどんどん少なくなっていた。

 この一週間の成果は、片手で足りる程の量だった。


「……どうしてっ! どうしてっ!」


 ジェーンは焦り夢マタタビを探す。

 しかし、やはり成果は芳しくなく、一握で事足りる程度の夢マタタビしか集められないまま希望のダンジョンから帰還する。



 ダンジョンから出たジェーンが見た街の光景は悲惨なものだった。

 以前、路地裏で寝ころんでいた浮浪者達が、尋常じゃないほど増えたのだ。

 路地裏だけでは納まらず、街中の至る所で見られた。

 今では、浮浪者のいない場所を探すのが困難な程だ。


 倒れている者は、皆どこか狂っているように感じられた。

 ある者は非常に痩せこけ、じっと太陽を見つめている。

 ある者は何が嬉しいのか、ずっと高笑いをしている。

 ある者は何かに怯えているのか、近くの者全てを威嚇し、時に暴力を振るっている。


「これが……これがパールシア共和国なの……」


 ジェーンはその光景に絶望する。


 爆発的にパールシア共和国で普及した夢マタタビだが、そこには大きな副作用があった。

 使用時には気分を大きく高揚させる夢マタタビだが、使用していない期間はひどく気分が落ち込むのだ。


 夢マタタビを長い期間使用していた者ほど、その副作用は強く表れる。

 酷くなってくると、幻覚や幻聴が聞こえだし、何か強い不安と恐怖に押しつぶされ、人格までもが変わっていく。


 そして、副作用を感じた者は、それから逃れるために再度夢マタタビを使用する。

 負のループである。


「なんで……なんでこんなことに……」


 更にパールシア共和国にとって悲惨だったのは、夢マタタビの供給が追い付かなくなったことだ。

 過去大量に発見され、広く流通していた夢マタタビだが、最近では滅多に見つからない貴重品となり、かなりの高額で取引されるようになった。


 裕福でない者が夢マタタビを手に入れようとすれば、真っ当な手段では不可能になったのだ。


 窃盗や強盗は勿論、夢マタタビを持っている者を殺してでも奪い取る者まで現れ始めた。

 身近な人を騙してまで、身内を奴隷に墜としまで、夢マタタビを欲する者も少なくない。


 そして───その結果がこの地獄だ。



 ジェーンはなるべくこの光景を見ないように、ミアの部屋へ向かう。


「ミア……ごめん、ちょっとしか手に入らなかった……ここに置いておく……」


 ミアの部屋の前に少量の夢マタタビを置き、ジェーンは立ち去る。

 後ろから小さく扉が開く音を聞いたジェーンは、何か嫌な予感がしたのか、踵を返しミアの部屋の中へ入る。


「ミア!! 何を……っ」


 そこには、ジェーンが置いていった夢マタタビを使用しているミアがいた。

 ジェーンに目撃されたミアは、涙を流しながら懺悔をする。


「ごめんにゃ、ごめんなのにゃぁ。我慢できないのにゃぁ、これが欲しいのにゃぁ!」


「ミア……使っていたのか……なんで……」


 ジェーンに見つめられたミアは、最初こそ自責の念に駆られていた。

 だが、夢マタタビが効いてきたのか、だんだんとその表情には快楽が表れている。


「あぅぁぁ……気持ちいいにゃぁ。堪らないにゃぁ……」


 薬に溺れているミアを見つめるジェーンの顔は悲愴そのものだった。

 それを良しとしなかったのはミアだ。

 ミアは、突如ジェーンに襲いかかり、その体を押し倒す。


「ジェーン、そんな悲しそうな顔は止めるのにゃ……ジェーンもどうにゃ? 一緒に気持ちよくなるにゃ」

「ミアっ……何を……」


 ミアの片手でジェーンは両手を押さえつけられ、抵抗ができない。

 夢マタタビで大幅に強化された筋力は、ジェーンとミアの力を逆転させていた。


「ジェーンもひどいのにゃ。みゃーの気持ちに気付いてたはずにゃ……あぁ、ジェーンの匂いがするにゃ」


 ミアは空いた片手でジェーンの胸を弄りながら、首筋に舌を這わせる。


「はぁ……やめ、んぅ……やめて……ぁ……ミア……」


「にゃはは♪ 気持ちいいにゃ? ほら、みゃーと一緒に楽しむにゃ」


 ミアの愛撫にジェーンの体は過敏に反応している。

 だが、その目には涙が流れていた。


「んっ……やめて……やめろ! ミア!」


 泣きながら放ったジェーンの大声により、ミアは少しだけ正気を取り戻す。


「あ……ぁ……ジェーン……ご、ごめんなのにゃ……」


 ジェーンへの拘束を解き後退りをするミアを、強い後悔が襲う。

 だが、覆水は盆に返らない。


「違う……違うにゃ……みゃーはなんで……あぁ、あああぁぁぁあ!」


 今度はミアが涙を流す。


「なんでこんなことに……みゃーはただジェーンと……一緒にいられたら……あぅぁぁああああ!」


 ミアは部屋から飛び出していく。

 ジェーンはそれを、ただ見ていることしかできなかった。

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