97 闘技大会6

 神の光が降ってきた時、会場は静まりかえっていた。

 だが、それが二回目になるとアンリの魔法による事象とやっと認識できたためか、会場は大きく盛り上がっていた。

 Sランクにも手が届くと言われているアンリの実力の片鱗を見ることができた観客は、アンリの試合が一度しかなかったとはいえ満足していた。


 その中でも、赤と黒のローブを羽織った集団は飛びぬけており、狂乱していると言ってもいいかもしれない。


「みみみみ見ました!? あれは、あの光は!?」

「神はおられた! ここに、ここに神はおられたのだ!」

「うふふ、あははははは! ほら、間違いなく神様よ! 祈りを、神に祈りを!」

「ハレルヤ! ハレルヤァァァァ!!」


 騒いでいる集団をアンリは一瞥する。


(これだけ小細工して勝てなかったんだ……憲兵騎士団が発狂するのも仕方ないのかな……)


 アンリからは、集団が何を話しているかまでは聞き取れていなかった。




 試合後のステージにて、本当の憲兵騎士団の一人がガウェインに声をかける。


「残念だったな。だが、上には上がいるのは、お前にとっては良いことなんだろう? 次は頑張ろうな。よし、今から鍛錬といくか?」


 同僚からの声に、ガウェインは答えない。


「ガウェイン……?」


 ガウェインは、ふらふらとした足取りでステージから離れていく。

 それは魂が抜けている様であり、幽霊と見間違えられてもおかしくない。


 上には上がいる。


 それは確かにガウェインにとっては喜ばしいことだった。

 目標を持つことができ、そこに向かって努力ができるのだから。


 一段上なら踏み潰そう。

 三段上なら駆け上がろう。

 崖の上ならよじ登ろう。

 はるか高い山の上なら登り続けよう。


 だが、天上となればどうすればいいのか。


 上には上がいる。


 それは、今回のガウェインにとっては残酷な事実となった。

 この戦い以来、ガウェインの熱は無くなってしまう。

 鍛錬をしても、意味の無さを感じてしまうのだ。

 どうせ、何をしても、アンリには勝てないのだから。




 3位決定戦はシュマとテレサの戦いだったが、ひどく興奮していたシュマの一撃により、ものの数秒で決着がついた。

 ガウェインは表彰式には現れなかったため、表彰台にはアンリとシュマの二人だけが登壇することとなった。

 今回の闘技大会により、ザラシュトラ兄妹の強さは更に広く浸透するのであった。


 表彰台に立っているアンリとシュマを見つめ、二人の弟にあたるタルウィールも興奮していた。

 ドゥルジール、フランチェスカ、タルウィールの三人は、家族である双子の応援に来ていたのだ。


「すごい! すごい! すごい! ぱぱ、僕も強くなりたい!」


 タルウィの言葉に、ドゥルジールは言葉につまる。

 ドゥルジールとしては、タルウィには普通の人間として幸せに暮らしてもらいたい。

 そのため、これまではアンリ達に極力接触させず、あぁはなるなと教育してきた。

 しかし、幼い子供にとって、アンリ達の強さはどうしようもなく憧れてしまう。


「た、タルウィ。戦いだけが全てではない。強さだけが全てではないのだぞ」


 それでもタルウィの眼差しは羨望に満ちている。

 その表情を見たドゥルジールは、どうしたものかと頭を悩ませるのであった。






 闘技大会が終わった夜、アンリは身近な者を自室に集め祝勝会をしていた。

 あまり規模の大きなものではないが、皆興奮しており盛り上がっている。


「アンリ、あの魔法凄いね! うちにも教えてほしいけど……あれは流石に無理かな……」

「凄かったですわアンリ様! あの光は、神の涙と言われていたけど、私には神の愛に見えましたわ!」

「ありがとうアンリ! 真・覇王剛竜剣、絶対大切にするよ! 今日から剛君と毎晩一緒に寝るんだ!」


 フォルテの興奮の先は、新・覇王剛竜剣にあるのだが……それでも皆が笑顔になり、アンリも釣られて笑顔になる。


「あはは、良かった良かった。不戦勝ばかりでどうなるかと思ったけど、終わりよければ全て良しだね。それはそうと、あの人は誰だっけ?」


 アンリの視線の先には、小太りの中年の男がいた。

 身内ともいえる者を集めたつもりだったが、アンリが初めて見るその男は、料理に一切手をつけず、常にシュマに話しかけている。


「はい、あの方は最近この学院に来られたウラジーミル先生です。行方不明になったローランド先生の代わり、といったところでしょうか」


「ふぅん、よく知ってるねメアリー。ありがとう。そういえばキャスがそんなこと言ってたっけ。ローランド先生の代わりってことは、使い魔が専攻かな」


 アンリにお礼を言われたことにより、メアリーの顔は真っ赤になる。


「そそ、そんな! 勿体ないお言葉です……それに、お姉様の近くに入れば、嫌でも覚えてしまうのです」


 アンリは、ウラジーミルの会話に聞き耳をたてる。


「凄かったよシュマちゃん! ぼ、僕、感動しちゃったんだな! 聞いてた通り本当に強いんだね! べべ、別に疑ってたわけじゃないんだよ!? お姫様みたいに可愛いのに、その上あんなに強いだなんて、本当に凄いんだな! いやぁ、もう一回見たいなぁ! 本当に可愛かった! もも、勿論今もとっても可愛いよ!」


(完全なロリコンじゃねぇか! こんなのが教師でいいのかこの学院……)


 汚物を見る目になったアンリに、テレサが補足する。


「ほら、うちとかメアリーだったら、気持ち悪いって思ってるのが顔に出るでしょ? でもシュマは誰にでも笑顔で接するから、ウラジーミル先生も興奮しちゃってるんだよねぇ……勘違いしちゃうってやつ? で、でもあの先生、腕は確からしいよ。魔法使いとしては、かなり優秀な人なんだって。人間としては、ちょっと……だけど」


 少しシュマの身に危険を感じ、ウラジーミルに釘を刺そうかとアンリが思案していると、勢いよくドアを開けアシャが入ってくる。

 アシャは誰に挨拶するでもなく、本日の主役にいきなり抱き着いて来た。


「……アンリ、そろそろ」


 長い間姿を見せていなかったアシャに皆が注目する。

 注目した理由はそれだけではなく、いやにアンリと距離が近かったからなのかもしれない。


「おかえりアシャ。別にわざわざ帰ってこなくても、魔法の原典アヴェスターグを通して連絡してくれたら良かったのに」


「……いい、ボクがそうしたかった。アンリ、お腹空いてない?」


 アシャの言葉に、アンリは苦笑いを浮かべる。


「いや、丁度お祝いで食べてたところだからね。もうお腹いっぱいだよ、ほんといっぱい、もう何も食べられない。目玉の一つも、乳首の一粒も無理だからね?」


 珍しく少し焦った様子のアンリをテレサはからかう。


「どうしたのアンリ? そろそろって何が? うちらはお邪魔かなぁ? 退散したほうがいいかなぁ?」


 アンリはアシャを押しのけ、笑いながらテレサに答える。


「あはは、僕とアシャは抜けさせてもらうけど、みんなはまだ楽しんでいてね。ふぅ……そろそろだとは思っていたけど……アシャには聞こえてきたんだね」


 主役のアンリが居なくなると聞き、驚いたフォルテが叫ぶ。


「おい、アンリ、帰っちまうのかよ! まぁ、アンリは忙しいから仕方ないけどよ……それで、何が聞こえてきたんだ?」


 アンリはアシャを引き連れ退出しながら答えた。


「勿論、パールシア共和国の破滅の音だよ」

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